【港区】天保山ハーバービレッジ以外は全く見向きもされない港湾労働者の街「大阪港」の街並み

2025年、大阪で55年ぶりの万国博覧会が開催される事が決定し、これまで乱開発のツケで醜態を晒していた大阪市の赤字遺産が林立する大阪ベイエリアに復活の兆しが見えている。大阪市営地下鉄改め“Osaka Metro”中央線がIR誘致や万博会場として整備が予定されている夢洲へ延伸、また京阪は夢洲へのIR誘致が決まった場合、中途半端なままの京阪中之島線を地下鉄九条駅に接続するといった話まで挙がっている。景気ええなあ。

そんな地下鉄中央線は昭和36(1961)年の開業から1997年のコスモスクエア駅延伸(2005年6月末まではOTSテクノポート線)までの間、ここ大阪港駅が終点だった。 今でこそこの場所、全国区の超有名水族館・海遊館を含めた「天保山ハーバービレッジ」が観光名所として知られているが、それ以外に何があるかについては、てんでことごとく見向きもされない街である。

大阪港駅を降りる客のほとんどは天保山ハーバービレッジ方面の改札口を目指していく。リア充カップルとリア充ファミリーが利用者の多数を占めている観光名所の一つであるが、大阪DEEP案内としてはこの街の“それ以外”に目をつけたい。

大阪港・天保山、かつては港湾労働者の街だった

というわけで、天保山ハーバービレッジとは逆方向の、駅の南側に出てみることにする。まずは「港商店街」という、駅前商店街らしき一帯が目につくのだが、買い物客の姿もなく全く商店街としてはオワコン状態になっている。とうの昔に役目を終えてしまったようだ。駅周辺ではせいぜい「スーパーナショナル」一軒だけ。ちょっと気張って八幡屋商店街まで足を伸ばしても、どうせスーパーナショナルしかない。泣ける街やね。

海遊館ができる前まで、港区築港地域は長らく大阪港の中心として栄え、港湾労働者や海外船舶の乗組員が集まる、荒くれた“海の男”の街だった。かつては大阪港の中央突堤にあった大桟橋が海の玄関口となり、そこから旧川口居留地との間を貫く「みなと通」(国道172号線)に沿って、戦前期の大阪市街地が中心部からここまで発展を広げていったのである。しかし昭和の終わりになり港湾施設は南港のコンテナターミナルなどに移った結果、港湾荷役などで働いていた労働者の受け皿が無くなり、次第に寂れていった。

大阪港駅前にあり、昔は仕事帰りの港湾労働者がひとっ風呂浴びに来ていたと思われる銭湯「築港温泉」も廃業して久しい。時々、貸しホールとして使われていたりするそうだが、港区の中の離れ小島にある築港地域に銭湯はなく、天保山運河を越えた先の天然温泉銭湯「テルメ龍宮」まで行く必要がある。

その近くにある「大阪みなと中央病院」も以前は「大阪船員保険病院」と言っていたのが名称変更したものだ。かつては名前通りに船員を診ていた病院だったが、随分前から一般患者が多数化していた。大阪ベイエリア有数の総合病院だが、2019年9月に弁天町駅前に新築移転予定。ますます過疎化が捗る大阪港駅前である。

だが現在の大阪港・築港地域も完全に港湾労働者の街としての役目を終えたわけではない。港商店街の路地の隙間からも見える「大阪港湾労働会館」ビルの壁には港湾労働者の権利を主張するスローガンが掲げられている。

そのビルの裏手にある駐車場を見れば「全港湾阪神支部」と書かれた労働者団体のいかつい街宣車が数台停まっている。なぜか主張内容は「日米安保条約破棄」。共産党系ですかねこれ。大阪で労組と言えば政治的トピックに関心の高い一部の方々にとっては“セメントいて~”でお馴染みの某武闘派生コン労組が西区川口にありますけれども、アレに比べればマイルドに思えますね…

そんなサヨサヨしいビルの隣にある「ハローワーク大阪港」(大阪港労働公共職業安定所)、見るからに昭和のまんまな古臭さを見せるハロワなんですが、未だに日雇い港湾労働の職業斡旋を行っているようです。港湾労働者も西成の方々と同じで、雇用が不安定でアブレやすい職種となっております。あの神戸の山口組も港湾労働者の人夫出しから歴史が始まりました。お察し下さい。

港湾労働者向けハロワの隣に“市営住宅”

港湾労働者のための施設がさりげなく揃ったこの一画に隣接するように市営住宅が立ち並んでいる。「市営築港住宅」である。どちらかと言えば港区の市営住宅は隣の朝潮橋駅寄りの港晴・八幡屋・池島といった地域にやたらめったらと多く立ち並んでいるのを見かけるが、この地域ではここだけ。あと他にあるのは雇用促進住宅などである。

とはいえ7棟もの市営住宅の住居棟が一同に会すると見た目にも「団地」感が極まってくる。奥に見える、やや築年数の浅い高層棟は大阪市住宅供給公社のコーシャハイツである。

団地の住居棟を取り囲むように設けられた、かつては児童公園か何かに使われていたであろうスペース。ベランダを見ても巨大パラボラアンテナの類はありませんね…

しかし各住居の窓を見ればかなりの高確率でピンク色の公明党なっちゃんポスターが貼り付けられているのだ。まあ、信仰熱心ですこと。あまり度が過ぎても傍目から見て狂気にすら思えてくるものだが、ここいらの住民にとっては日常風景過ぎますかね。

そんな市営住宅から築港小学校を挟んだ隣、築港地域の外れにある「港住吉神社」。その社名の通り、住吉大社の末社としてこの地域の氏神様として、港湾関係者の信仰を集めた神社である。

その神社の参道は「築港南公園」という児童公園になっている。駅から近いのに恐ろしいくらいひと気が少ない。参道には立派な石灯籠も鎮座する。大阪港の歴史の深さを知る事ができる場所の一つだ。

で、そのすぐ隣にも「港住吉住宅」という団地風味の建物がある。ここは市営住宅ではなく民間物件らしいが、築年数が相当古い。よくよく見るとここのベランダには巨大パラボラアンテナを付けたお宅を見かける。やはり住民は中国人でしょうかね。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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