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難波の隣「大国町」 (2) 木津市場と中華学校

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大国町駅の東側に木津卸売市場という民営の市場がある。大阪市内と言えば野田にある大阪中央卸売市場ばかりが有名だが、この木津卸売市場は200年以上の歴史と民営の卸売市場の中で最大規模を誇る、難波一帯における台所。
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空襲で壊滅した後、昭和25(1950)年に建て替えられた市場はあまりに老朽化が激しく見るからに凄い状態だったが、最近になって再度建て替え工事を済ませ、今ではこの建物はない。スーパー銭湯まで併設した綺麗な建物に変わっている。


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毎日早朝になるとこの市場の前には大量の車が行き来して新鮮な魚や青果が運ばれる。185軒の卸売業者が入居、ここで卸された食品の数々はミナミ一帯を中心に飲食店へと流れ最終的には消費者の胃袋へと辿り着く。
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一般人立ち入り禁止という事でもないので誰でも市場の中に入る事が出来、さらに市場内にも様々な飲食店があった訳だが、改装前は凄まじくオンボロでマニアック過ぎたので一般人観光客が来る事もなく、歴史の割にあまり知名度もない。
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改装後にはスーパー銭湯が併設されて市場関係者に留まらず一般客も大勢寄り付く場所に変わったようだ。一時期経営難に陥ったため現在の木津市場は「グルメ杵屋」の完全子会社になっている。度々この会社の名前が出てくるけど、ただのうどん店チェーンではない多角経営っぷり。
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木津市場の周辺には食品卸の関係会社の建物をはじめ古い家屋や事務所の建物が集まっていて独特な光景だ。
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お昼前くらいまでに来ると市場関係者で賑わっている風景が見られるはずだが、訪れたのが夕方だったので殆どもぬけの殻の状態だった。
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食肉のドン」で有名な阪南畜産の事務所もこちらにございます。地味で控えめな看板がかえって歴史を感じさせる。
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市場の建物自体は新しくなったが、隣接する阪神高速の高架下一帯には未だに古いままの業者の店舗が残されていた。しかしこの辺もじきに解体されそうな雰囲気だ。
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高架下の奥にも市場がまだまだ続いている。だがバリケードのせいでこれ以上中に入る事もできず。現役時代には鶴橋駅前の闇市顔負けの商店街のごとく雑多でカオスな日常風景が広がっていた事だろう。
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その外側を見ると市場関係者用の自転車置場、リフト置き場などが連なっている。
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随分アナログ感全開の古い台車が並べられていた。もうちょっと朝早起きして来ないと本来の市場らしい風景は見られない。朝がしこたま弱いからしょうがないですね。
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木津市場と四つ橋筋との間を歩くとその道中に変わった学校がある。朝鮮学校だったら別に珍しくもないがここは在阪華僑を中心とした大阪中華学校だ。しかも大陸の方ではなく台湾(中華民国)系。これは珍しい。
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校舎上部に掲げられた「学生活動中心」の文字。
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朝鮮学校など他の「各種学校」と同じで校庭はやたら狭い。中華民国建国100周年を祝う横断幕が控えめに掲げられていた。
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大阪中華学校は戦後に建てられた学校だが当初は西区本田にある現・本田小学校(本田国民学校)の教室を間借りしていたそうだ。この本田や川口の一帯も古くから外国人居留地のあった土地だった。今では全く知られていないが。

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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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