ケミカルシューズと在日の街…長田区源平町にあった朝鮮人飯場は今どうなっているのか 

神戸市

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神戸市長田区の奥座敷、神戸電鉄丸山駅近くの長田区源平町には戦前の神鉄敷設工事で集まった朝鮮人労働者が住み着いていた飯場の名残りが現在も残っている…この話を聞いていつか来ようと思っていた。

我々はこれまでも伊丹の中村やら宇治のウトロやら川崎の池上町やら色々行ってきましたからね。ある場所は完全にクリアランスされ住民は市営住宅に、またある場所は何も手付かずで昔のままだったり、ではこの源平町の朝鮮人飯場はどのような状態になっているのか。丸山駅から続く下り坂の道を歩いていく。

駅前は悲惨の一言だったが少し歩くとちょっとした食料品店が開いているのが見られる。ようやく人の生活空間らしいものが見えてきて少し安心する。とは言え寂れた感じは否めない。

最初の四つ角の所でこれまた味わい深い店を見つける。兵庫県ローカルの和菓子屋チェーン「柳月堂玉川」と書かれた看板があるが今では雑多な食料品店と化している模様。それにしてもこの建物の古めかしい事。この界隈はかなり昔から市街地化していたようだ。

柳月堂玉川のある四つ角から山側に折れる。この先の所に航空写真で確認した朝鮮人飯場の一つが残っている…はずなんですが。


上り坂の途中にもやたらと古いアパートが惜しげも無く乱立していて昭和枯れすすきな風情が満載なのである。やはり神戸は神戸でも長田区の山の手はちょっとひと味違う。

で、路地を突っ切ると神鉄の線路下にある小さなトンネルに辿り着く。しかしここで足止めを食らってしまう。入口が完全にフェンスで遮られているのだ。朝鮮人飯場へ行くにはこのトンネルしか道がない。

実は数年程前に「マンション建設」を名目に元飯場の住民と立ち退き交渉が行われて人は住んでおらず、建物も全て壊されたという。うーん、ここで手詰まりか…

しかしどこからか飯場のあった場所だけでも遠目に見れないものかと悪足掻きを試みる我々取材班。目の前に上り階段がありますよ。どこか高台の眺めのいい場所はないものか。

しかし高台に入っても一向に住宅街でそれっぽい所は見当たらず、そもそも神戸電鉄の線路はそれよりも高い場所にあってご覧の通りコンクリートの土台に阻まれ見る事もかなわない。まさか裏山に忍び込む訳にもいくまい。

結局、出来るだけ山側の道を選んで縫うように進んできたが、素敵なビューポイントは見つかるはずもなかった。ふと路地の曲がり角に荒れ果てた三階建ての粗末な建物があるのが見えた。これは…


これはもしかすると朝鮮人飯場の名残りの一つかも知れない。既に廃墟と化しており一階部分はベニヤ板や波トタンなどで完全に塞がれている。何かの店だったのか、それとも簡易宿泊所のような建物だったのかも知れない。

建物の脇には住居らしき痕跡があるが人が住んでいる様子はない。そしてすぐ裏側には鬱蒼と樹木を湛える山がそびえている。

そしてこの建物のすぐ脇に完全にコンクリートで封鎖されてしまったトンネルを見つけた。ここもかつての朝鮮人飯場の一つに続く唯一の通路だったと思われる。その生活の歴史もろともコンクリートの壁の向こうに封じ込めてしまったのか。

どうでもいいけど廃屋の壁に貼り付けられた公明党ポスターの赤羽さんが気の毒な事になってました(笑)そうかそうか、そんな事より今我々は飯場の跡が見たいのだ。

神鉄の線路下のトンネルを潜らなければ辿りつけない3ヶ所の朝鮮人飯場、多い時期には百数十戸もの家屋があったそうで、立ち退き寸前にはかなり減少していたようだが、住民の高齢化などで自然に居なくなった所で取り壊しとなったのだろう。私有地を不法占拠しているのでインフラ整備も進まず電話も下水道もなく上水道は勝手に自力で敷設したという。どれだけワイルドな暮らしっぷりだったのだろう。

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