【大阪版ウトロ地区】戦後の残滓、飯場の名残り…大阪・天満「樋之口町」不法占拠バラック村

大阪中心部を流れる大川、夏には大阪を代表する祭である天神祭の船渡御が行われる土地として有名であるが、JR桜ノ宮駅付近の大川沿いには今も戦後の残滓を引きずる不法占拠地帯がびっしりと残っている。以前お伝えしたJR大阪環状線高架下の不法占拠バラック、在日コリアンの祈祷所(龍王宮)として使われていた廃品回収業者の敷地は、2010年度中に土地所有者が急逝したこともあり行政により跡形もなく撤去されてしまったのだが、実はまだまだ怪しい土地が数多く現存している。

その一つが大阪市北区樋之口町の大川沿いに残る住宅地である。JR天満駅の北東、地下鉄天神橋筋六丁目駅の東に約600メートルと比較的交通至便な土地で、周囲は高層マンションが立ち並ぶ、まさしく都心の一角なのだが、側を流れる大川と、頭上を走る阪神高速の高架に隠れて低層住宅がびっしり並んでいる場所がある。さしずめ京都府宇治市の「ウトロ地区」をそのまま大阪に持ってきたかのような街並みが残る一画。

JR天満駅から件の場所を目指すと阪神高速守口線の長柄出入口前にやたらご立派なタワーマンション「シティタワー大阪天満 ザ・リバー&パークス」がそびえている。大阪でも貧富の二極化が進んでいて無駄金持ちの見栄っ張りほどこういう所に住みたがる。しかしこの豪華タワーマンションの真下に戦後の残滓、バラック村が残っているというのだから大阪は面白い土地だ。

タワーマンションを横目に傍らの道へ入り込むと大阪下町デフォルト的な陰気臭い路地が姿を現す。ここも同様に住宅地だが、この先にやたら懐かしい路地裏風景が残っている。

T字路を右に入ると途端に雰囲気が変わる。平屋建ての古いアパートに建設業者が入居していたり、製袋工業所の看板を掲げる町工場などがある路地を見下ろすようにそびえ立つ超高層タワーマンションの対比が凄い。

この一帯も戦後のドサクサで作られた街だという。桜ノ宮駅前の廃品回収業者とは違いこちらは土建業者や砂利採取業者の飯場として機能していたらしくその名残りが今もこの土地で看板を掲げる業者の存在。

こういう土地には公明党と共産党のポスターが似合う。まさに庶民のための政党。

車も通れぬ狭苦しい生活臭全開の路地も今の大阪では少数派になってしまった。昭和30年代なら当たり前のようにあったはずだが…一部建て替えられて綺麗になった家もあるにはあるが、この路地で幅を利かせるのは専ら平屋建てボロアパート。

50メートル程の路地に20世帯程が今も暮らしている。奥から住人の婆さんが出てきた。やはり高齢化が激しいらしい。

この付近は昔ながらとは言えそれなりに整備されてもいるのでバラック村と呼べる程酷い状態ではないが雰囲気だけは何となく残っている。路地裏には猫が似合う。やけにフサフサ毛な飼い猫がくつろいでいた。

この路地の奥は行き止まりではなくさらに大川河川敷側に路地が折れて伸びている。その先にも何軒か民家が残っているがひとまず一度引き返す。

路地の東側には駐車場スペースに使われている空き地が広がっている。ここから樋之口町の住宅地を広く見渡せる。低層住宅群はこの場所にしか残っていない。周囲はマンションか高速道路といったでかい建築物しかないのだ。

東京に負けじとばかりに大阪でもタワーマンション建設が相次ぎ、古い街がどんどん取り壊されようとしているが、人口集中の激しい東京に比べると開発のスピードは幾分遅い。そのうちこの土地もクリアランスされてしまうのかも知れないが…

駐車場の傍らの空き地を見ると何やら異様な光景が。土地一面ビニールシートで蓋をしてその上に水の入ったペットボトルを並べている。何か怪しいものでも埋めてるのだろうか。よくわからんが。

平屋建てボロアパートが並ぶ細い路地を抜けるとそこは突き当たりではなくさらに左に折れて路地が続いていた。その先に行くともう一段と趣深い家並みが姿を現す。

路地の一番奥にあったのは「ニット」の看板を掲げる小さな町工場だった。ニットというからには縫製工場だろう。正月休みで営業してなかったので稼働中の光景は見られなかった。

ニット工場に隣接して平屋建て家屋が続く。壁も屋根もオールトタン葺きという今どき珍しいくらいのDIY建築。区画整理といった言葉からは完全に縁遠い風景である。

実は先程通ってきた路地の途中からも同じ場所に抜ける事ができた。物凄くわかりづらい細い脇道である。ひとたび火事でも起きたら避難するのはかなり難しそう。

こっち側の路地から出てくると向かいの民家の塀が凄まじくアーティスティックで笑える。どこぞから拾ってきたタイルを適当に張り合わせてみましたという感じのDIY空間。なんということでしょう。

黒のタイル、白のタイル、うぐいす色の豆タイル…規則性は全く感じられない。個人のセンスだけで貼りつけられたと思われるタイル群は所々剥がれ落ちていて年月の経過を感じさせる。

そんな香ばしい路地の先にもまだまだ道が続いていた。今度は大川河川敷に向けてなだらかな下り坂になっている。そこにも民家の玄関口がある。

川に近づくにつれガラクタ置き場や廃屋が現れ始め、路地はさらに荒廃感が増す。

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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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