大阪拘置所の隣にまさかの“住みたい街”が!都島区友渕町・鐘紡工場跡地の大型マンション「ベルパークシティ」とは

大阪都市圏において“優良住宅地”扱いされるのは決まって北摂・阪神間となっているのが常で、大阪市内はおしなべて下町ばかりで、富裕層が暮らす土地など最近都心にボコボコ建っているタワマンを除けばせいぜい上町台地に沿った中央区・天王寺区の一部地域か、阿倍野区と住吉区にまたがる「帝塚山」くらいしかなく、大阪の都心で働くホワイトカラー層な方々は毎日せっせとJRや阪急でそうした郊外から通い詰めては大阪駅前からトコトコ歩いて中之島を越えて船場のオフィス街なんぞに向けて大群を成しているのが日常である。

しかしそんな固定観念を一気に覆してしまうような、住環境や子育て環境にうるさいホワイトカラー層がこぞって「住みたい街」が大阪市内の、それも下町丸出しな都島区の一角にあると聞いて、気になってやってきてしまった。場所は地下鉄谷町線都島駅から北に1キロ近く離れた友渕町。ここって、あの「大阪拘置所」がある地域ですけれども、本当にこんな所に“住みたくなる”ようなマンションってあるんですかね。

大阪拘置所がある都島区友渕町です

全国8箇所に存在する拘置所のうち東京都葛飾区小菅にある東京拘置所に次ぐ、日本第二位の規模を誇る「大阪拘置所」がある都島区友渕町にやってきた。梅田にも程近いロケーションにある割にはやけに広々とした土地の使われ方をしているのも、この界隈が元々工場の跡地を再開発したものだからだ。

大阪拘置所自体は昭和38(1963)年に北区若松町(現在の西天満一丁目付近)から移転して以来の歴史がある。その当時からある古い建物がギリギリ建て替え前で残っていたのが見られた。見るからにオンボロ過ぎて、物理的に「プリズン・ブレイク」できそうな感すらある。

大阪拘置所の入所者には和歌山毒物カレー事件の林真須美など死刑確定者もいれば、去年に麻原彰晃ことグル・松本智津夫と共に死刑執行されたオウム真理教幹部の二人(新実智光、井上嘉浩)、それに詐欺事件で2008年に逮捕された小室哲哉も一時期はこの拘置所で過ごしていた。

大阪拘置所東側からは早速真新しい新棟の建物が見えておりますが、もしかすると東京拘置所よろしく「塀のない、開放的な拘置所」に生まれ変わるのでしょうか?よーく見るとすりガラス越しに入所者の監房の扉らしきものも見えるのである。ちょっと開放的過ぎませんかね。

東京拘置所と同じく、やはりこちら大阪拘置所の近所にも「差入屋」の店舗が見られる。「丸の家 放免屋」という渋すぎる屋号。ホ、放免屋って…拘置所の前じゃなきゃそんなモロ出しな屋号は付けないよね。2013年まではこうした店舗が二軒あったそうだが、そのうち一軒が廃業しており、現在のところ大阪拘置所前の差入屋はこの一軒しか営業していない。

そんな大阪拘置所のすぐ北側にあるUR都市機構の団地「リバーサイドともぶち」。都心に近い割にはかなりの規模の団地が広がっていて意外に思うのだが、大川を挟んだ向かい、北区長柄東にも同じURの団地「さざなみプラザ」がある。さしずめこの界隈は都心から最も近いニュータウンと呼べる場所だろう。

鐘紡淀川工場跡地に生まれた大型マンション群「ベルパークシティ」

大阪拘置所の北東側には、随分と開放的な佇まいの、とても大阪市内とは思えない広々とした公園や緑地に囲まれた高層マンションが連なっている。昭和58(1983)年から街開きした「ベルパークシティ」なる大型マンション群で、その開発は大手財閥系の三井建設が手掛け、販売も三井不動産が行っている。街開きから35年以上が経過しているが、現在も非常に不動産人気が高い物件だそうで。

ベルパークシティはA~Oまでの15棟とアネックスの8棟からなる23棟で構成されている。ほぼいずれも100戸~300戸超の大型棟ばかりで、総戸数3,060(アネックスを除く)というマンモス団地と呼べる規模だが、大手財閥系の分譲マンションともあって、住民の質が一般的な“大阪の団地”とはかなり異なっている。

特にG棟とJ棟はそれぞれ36階建てもの高さ115メートルの超高層となっていて、大阪市内におけるタワーマンションのはしりともなった物件でもある。そのうち昭和62(1987)年に完成したG棟は「日本初の100メートル越え超高層マンション」という扱いだ。建物の造りも所謂「スターハウス」的な構造で、全室ともに日当たりの良さを重視した設計となっている。

そしてこのベルパークシティがあるのも工場跡地。「鐘紡淀川工場」がかつてこの地にあり、大阪がかつて紡績業で栄えていた歴史のある土地であることを、団地の中央にドーンと置かれたこの石碑が何よりも物語っている。

昭和57(1982)年、鐘紡淀川工場は滋賀県の長浜工場に機能を移転し(現在のKBセーレン長浜工場)、かねてからホワイトカラー層の大阪市外への流出を危惧していた行政の思惑とも相まって、大手財閥や地主の鐘紡などで構成される共同企業体が開発の主体となり、この団地が作られたのだ。

ベルパークシティが所在する都島区友渕町一丁目は隣接するURの団地も含めて区内一の人口(約2万人)を誇る。都島区民の5人に1人が友渕町一丁目住民ということになり、相当な人口密度である。地下鉄都島駅からも、来月に開業するJRおおさか東線の城北公園通駅よりも距離があり、決して駅チカ物件だとは言えない立地だが、それでも都心に近いロケーションでこれだけの住環境は有難がられるようだ。

さらに友渕町一丁目住民の学区内にある大阪市立友渕小学校・同中学校は公立校でありながら生徒の学力も高く、市内屈指の人気校として、わざわざ他地域から引っ越してまで子を通わせる教育ママもいるような学校になっているらしい。友渕小学校は全校生徒数1600人オーバーのマンモス校であり、1・2年生は分校に、それ以外は本校に通う事になる。そしてこの学区の住民のほとんどがマンション暮らし、という、ある意味大阪市内では超絶奇妙な生活環境である。

都島区のベルパークシティ、板橋区のサンシティ

ここまで見てきて、なんだか東京でも似たような場所がある事を思い出した。板橋区中台にある「サンシティ」だ。周りはろくでもない下町なのに、局所的に人気の大型マンション群が造成されていて、そこの学区だけが例外的に高所得者層が多い人気校になっているというところまで見事に共通している。ここについても別の機会に詳しく触れたいと思う。

拘置所の周りに人気の大型マンションが続々誕生する大阪の怪

そんな友渕小・中学校校区の人気にあやかってか、都心回帰の流れに沿ってか、後付け的に別の大型マンションがぶっ建てられる始末。こちら「ローレルスクエア都島」には33階建てのタワマンがある。一部の上層階からは隣接する大阪拘置所の中がよーく見えることだろう。絶好の「拘置所ビュー物件」、中古で3千万円台から買えるみたいですけど、サラリーマンの皆様どうですか?梅田にもチャリで行けますよ?

さらに大阪拘置所の南側、善源寺町二丁目には「セントプレイス大阪」という大型物件も2007年に完成。一体この地域はどうなっているのだ…ちなみにこのマンションがある一帯は最近校区変更が行われ、友渕小学校校区に変わっている。いずれのマンションも「大阪市内らしからぬ」、転勤族や高所得者層が主となっていて、北摂顔負けである。まあ、大阪市内もピンキリありますよっちゅーことですか。

もっとも、これらのマンションの隣には死刑執行施設を備えた大阪拘置所があるわけで、マンションの新住民の一部には拘置所の存在に異を唱える者もいることだろうが、わざわざ建て直しているくらいだし、今後も拘置所がよそへ移転する事はなかろう。この界隈、いずれは“小菅ヒルズ”ならぬ“友渕ヒルズ”と呼ばれる日も近い。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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