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【千里中央】オールドニュータウンの宿命…建て替え問題に揺れる「千里セルシー」を見てきた

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おしなべて貧民窟・地雷DQNタウンばかりで他地方の転勤族からはことごとく嫌われ、まともな人間の住む場所ではないとされる大阪市内から伸びる大阪市営地下鉄御堂筋線に直通運転を行い、豊中市・吹田市北部を中心とした北摂の優良住宅地やニュータウンを結んでいる「北大阪急行線」。

その終点となる千里中央駅は日本屈指のニュータウンの一つとしてその名を挙げる「千里ニュータウン」の拠点地域でもあり、梅田から片道約20分、新大阪からも片道約15分で直結という地の利の良さもあって「関西住みたい街ランキング」では安定の阪急神戸線沿いと並んで高い順位をキープし続けている街だ。やっぱり大阪市内の大動脈たる御堂筋線と直結している上に、割とお上品な北摂エリアにあるというのが人気の理由なんでしょうねえ。

北大阪急行線は昭和45(1970)年に開催された大阪万博の会場輸送手段として整備された路線であり、今なお北摂住民の足として機能し続けている。近年は終点の千里中央駅から北に延伸工事が進んでおり、同線開業50年の節目を迎える2020年には箕面船場駅、新箕面駅が開業する予定になっている。これまで始発駅だった千里中央駅は途中駅となり、通勤通学民の「座って通える」アドバンテージは近い将来無くなる予定になる。

高度経済成長期真っ只中の70年代に開業した千里中央駅の構内はさすがにあちこち古めかしさを漂わせている。開業以来安定の黒字運営続きで日本の私鉄では屈指の低額運賃を維持できている北大阪急行電鉄だが、あまり駅の設備投資にはお金を掛ける主義ではないようだ。ともかく、今度の新箕面駅への延伸工事で莫大な費用を投じている訳ですが…

千里中央駅と一体化する商業施設「せんちゅうパル」が古臭すぎて草不可避

そんな千里中央駅の改札前から広がる商業施設「せんちゅうパル」も古さが目立っている。「関西住みたい街ランキング」上位タウンである事を勘違いし、あたかも東急田園都市線のたまプラーザや青葉台あたりのイメージを抱いて転勤族が喜び勇んでやって来ると100%面食らう羽目になる絶望的な古臭さである。比較的お上品な北摂と言えどもここは大阪。転勤生活に淡い夢を抱く事など到底許されないのだ。

並んでる食い物屋も常連のクソジジイしか立ち寄りそうにない赤提灯の居酒屋とか、この通り「カレーと酒が飲める店」だったりするので、これなら埼玉の植民地・池袋駅構内の野暮ったいフードコートの方がまだマシである。つまり、さっぱり今風に改善されていないのが問題点なのである。

そんな「せんちゅうパル」も地上部分に上がると、まだそれなりに見られる感じにはなっていて、昭和なニュータウンのショッピングモール感が甚だしい。住民にはいかにも転勤族風の中年ファミリー世代も多いが、それと同じくらい老人の姿も多い。どうでも良いが、千里中央を「せんちゅう」と略するのも大阪的なノリである。

大型ショッピングモール「千里セルシー」が老朽化でグダグダ、建て替え問題で存亡の危機

かれこれ街開きから半世紀が経過した千里ニュータウンの中心地域である千里中央駅。ここには「せんちゅうパル」と並んでもう一つ、千里中央民であれば誰もが知る、街の中心たる大型ショッピングモールが君臨している。それが「千里セルシー」だ。ここも駅改札から直結、一体化している施設である。

千里セルシーは千里中央駅が開業した2年後の昭和47(1972)年11月に完成した古株のショッピングモールだが、2016年になり所有者から入居テナント全てに「賃貸契約を更新しない」と突然通知、その理由に「施設の老朽化」「耐震基準を満たしていない」という事を挙げているが、所有者側から具体的な事情説明が行われず、入居テナントの関係者が困り果てる、といったトラブルに見舞われている。

一応、千里セルシーの公式ホームページを見ると運営会社は「阪急阪神ビルマネジメント株式会社 セルシービルマネジメントオフィス」という事になっているが、不動産登記上は三井住友信託銀行で、同社の土地信託の利益を受ける所有者は東京都内に所在、というヤヤコシイ状態になっていて、つまりその事がオーナーと借主との意思疎通を一層難しくしているようだ。

元々千里セルシーには120店舗程のテナントが入居していたが、その半数が2016年末までに閉店し、さらに我々が訪れた2017年春にも隣接する旧よみうり文化センター跡地に「イオンSENRITO」が開業、それに伴い残っていた店舗の多くが閉店している。

千里中央駅改札に直結している地下フロアのテナントもこの通りもぬけの殻で、往年のピエリ守山を彷彿とさせるテナントガラガラ地獄の景色が見られる。「みんなのセルシー営業中」と赤い看板が掲げられているのが、なお一層悲壮さを奏でている。

地下飲食店街にあった大半の店も撤退済み(2017年4月撮影)。残っている店舗は4割程度で、それぞれが自主的に営業を継続している状態で、関西屈指のニュータウンの中心地域の一等地で見られる光景にしてはあまりにお粗末過ぎる。

地下飲食店街の一部はこの通りぴっちりベニヤ板で店舗部分が覆われ、完全にその役割を失っていた。建て替え計画の具体案もずっと出ないまま宙ぶらりんとなってしまって、その不便を蒙っているのはもちろん地元千里中央の住民達に他ならない。

西日本随一の「新人アイドルの登竜門」だったセルシー広場

ちなみに千里セルシーの名称のアルファベット「SELCY」は「SE」が千里、「LC」がレジャーセンターを意味しているらしい。じゃあ残った「Y」は何だと思う訳だが、ここはただのショッピングモールという以上に、アイドルや歌手を呼んで積極的にイベントを行ってきた事でも有名で「新人アイドルの登竜門」として、東日本代表「池袋サンシャインシティ噴水広場」と並ぶ東西両横綱的存在なのだそうだ。

今も施設一階部分に堂々と鎮座する「セルシー広場」の舞台を見よ。一見すると「ドサ回り」感半端ない、ただのショッピングモールの舞台でしかないが、ここから売れていった当時の新人アイドルの数はあまたある。70年代には川崎麻世が、80年代には松田聖子や河合奈保子、岡田有希子や酒井法子や光GENJIが、21世紀に入ってもモー娘やら松浦亜弥やらが無名時代にこの舞台で歌っていた、という程の場所である。

そのセルシー広場をぐるりと取り囲む形で各テナント群が連なっており、向かいの「せんちゅうパル」とも一体化している。どの場所からも眼下にセルシー広場を見下ろすことができ、そもそもこの建物自体がローマのコロッセオを模した造りになっているというのも、新人アイドルの登竜門として相応しい条件が揃っていたのだ。

しかし半世紀が経ったセルシーの建物は見るからに老朽化が目立ち、その周囲には真新しいタワーマンションや大型分譲マンション、オフィスビル、商業施設が次々建てられ、街の世代交代が進んでいる事を物語っている。一時期はオールドニュータウン特有の街の高齢化が取り沙汰されていた事もあったが、住宅人気の高さから住民の若返りも進んでいる。それが現在の千里中央である。

70、80、90年代を知る千里中央住民にとっては、「芸能人の無名時代を見た」云々、思い出の語り草として豊富なネタを提供していた土地でもある。その現役世代がご多分に漏れずラジオ大阪「OBCブンブンリクエスト」のヘビーリスナーだったのだろう、と想像する。そんな人々にとって、この昭和の思い出深いセルシー広場が恐らく近い将来に無くなる事を何よりも悲しんでいるはずだ。

また北大阪急行線と大阪モノレール線の乗り換えには必ずセルシーとせんちゅうパルの間を通らなければならない、沿線住民の動線上にこの施設があるという事も特徴的である。本来なら最も地の利の良い一等地なのに、サクッと再開発が出来ずにオーナーや所有者の複雑化が原因でグダグダしている訳で、早急に目処を付けて建て替え計画が進むのが望ましいのだろう。

で、8月の終わりになってこんな話題が。

千里「セルシー」建て替えへ 具体案は示されず|MBS 関西のニュース

「5年以内に建て替える」とセルシー所有者の代理人からの説明があったと。悪く取れば今からあと5年、このグダグダ状態が続くかも知れないって事ですかね?


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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