関西の3つの中心都市、京阪神の一角を担う人口153万の神戸市だが、市街地は六甲山地と大阪湾に挟まれた部分ばかりではなく、六甲山地をぶち抜いたその裏側にも広がっている。神戸市中心地の三宮や新開地からいくつかの鉄道路線や幹線道路が六甲山地を貫いて、北区や西区、須磨区の一部地域に開かれたニュータウンと都心の間を結んでいる。
その鉄道会社のうちの一つが新開地、湊川から神戸市北部とその先の有馬温泉や三田市、三木市、粟生(小野市)といった奥地を結ぶ鉄道会社「神戸電鉄」、通称「神鉄」である。元々は戦前に開業した「神戸有馬電気鉄道」が前身で、神戸中心部と古くからの名湯・有馬温泉との間を結ぶ「有馬線」が昭和初期に建設され開業したが、それが戦後になりニュータウン鉄道として沿線整備されて現在に至る。
神鉄の建設工事当時に日本統治下であった朝鮮から労働者が集められ、長田区源平町付近に作られた元飯場が戦後長らく残されていた事を以前お伝えした事もあったが、まあともかく神戸市民でもなければそうそう乗る機会もない鉄道路線だ。源平町のある丸山駅や鵯越駅の先には足を運んだ事も無かった訳だが、今回来たのはその先にある「鈴蘭台」という街である。
「関西の軽井沢」と呼ばれた街・鈴蘭台ですが今は…
神戸電鉄鈴蘭台駅へは新開地から約20分。昭和43(1968)年に神戸高速鉄道と直通化して以降ニュータウン化が進められた地域だが、神戸有馬電気鉄道が開通した昭和初期には避暑地として大いに栄え「関西の軽井沢」と謳われていたのだそうだ…って、駅前再開発ビルのフェンスにこんなご親切な案内板があるんですけど。
元々は小部(おうぶ)駅という名称で開業したものが、天下の別荘地・軽井沢をイメージする花、スズランの名にあやかって「鈴蘭台」という地名が付けられ駅名も速攻で改められたのだ。
今の鈴蘭台はどうなのかというとさっぱり「軽井沢」感皆無で、駅前一等地にあるのがお下品な色使いのたこ焼き屋「汽車ポッポ」だったりするのでお察し下さい。よく見りゃ背後に青、黄色、赤の三色旗が描かれていますよ…そう言えばこの店、「じゃんぼ総本店」の系列店なんですが、西成区の四つ橋線玉出駅前にもありましたよね…
戦前は軽井沢呼ばわりされるお上品な避暑地だったという駅前も、今ではしょぼくれた郊外都市のそれと大差ないようにしか思えない。鈴蘭台駅周辺は戦後の神戸市内の住宅難から、ニュータウン開発が急ピッチで進められ、たちまち郊外住宅地のそれに変貌している。昭和48(1973)年には兵庫区から北区が分区され、鈴蘭台は北区役所が置かれる行政上の中心地域に位置付けられている。
鈴蘭台駅前を見渡すと、主に駅の東側の猫の額ほどしかない平地が開けていて商店街になっているが、その華麗そうな響きの地名とは裏腹に昭和感満載の店舗ばかりで占められていてちっとも今時っぽくないのだ。
おしなべて古臭さ漂う鈴蘭台駅前だが、一応ながら駅前には2018年夏ごろ開業予定の新しい再開発ビルが建設中になっていて、北区役所などが移転する予定になっている。いまいち活気のない商店街がこれで息を吹き返すのかどうかは知らんがね。
そんな商店街の一角にある「ウエルネスすずらん」というやる気の無さそうなスーパーの裏手にちょっとした呑み屋街が連なっている。山とニュータウンしかない神戸市北区では珍しい盛り場らしい盛り場のようだ。
どことなく90年代的脱力感漂わせるネーミングの鈴蘭台駅前某飲食テナントビルのスナックの数々。カラオケ喫茶アンニョン…
高低差のあるY字路に挟まれたきわどい土地を有効活用して建てられた鈴蘭台独特の飲食店街でございます。ちょっと駅から離れると坂と急カーブばっかりで、呑みに来る前から車酔いで吐いたりしそうなレベルです。
ついでに駅東側の線路沿いの道を南に向かって歩くと、こっち側にもちょろっと中華料理屋や喫茶店なんかがありますが、てんで栄えている感じはしない。
さすがスーパー左翼県兵庫!新社会党の事務所があるぞ!
しまいには、昭和の学生運動家アジト感漂わせるボロアパート然とした建物に古びた看板が掲げられた香ばしい一角が現れるのだ。政党機関紙まで表に張り出されていて尚更アジト感が出ている。「非武装中立で平和とくらしを守りぬこう」とスローガンが書かれた、随分色褪せた看板を掲げる「新社会党北総支部」である。
現在の社民党が1996年に日本社会党から改名した時に独立した「新社会党」ってまだあったんですね。全国最大規模の生協・コープこうべが県内のスーパー業界を牛耳る、今もめっぽう左翼勢力の強い兵庫県ではこのような事務所が生き残っているが、党員の高齢化も著しく風前の灯的な印象すらある。
駅の西側は絶望的な急坂にて老人の暮らしにはエクストリームすぎる
一方、鈴蘭台駅の西側を見ればご覧の通りの急坂っぷりで、これを毎日毎日昇り降りしている住民はさぞかし足腰が鍛えられそうだが、昭和の時代には勤め人が大半だったはずのこの鈴蘭台も見かける通行人は高齢者が多い。足腰が弱ると家に帰るのも大変そうだし、だからと言って駅周辺は自家用車を転がすのも難しいほど道幅が狭く、一方通行も多い不便な道路しかない。色々と詰んでいる。
駅前のタクシー乗り場には何人もの行列が出来ており、わざわざ乗客を誘導するボランディアの爺さんまで待機している。鈴蘭台住民にとってタクシーは贅沢品とも言っていられない、貴重な暮らしの生命線なのか。
そんな駅の西口にあるダイエー鈴蘭台店は言うまでもなく地元老人の溜まり場となっている。店の前が神鉄バスの停留所にもなっており、住民の爺さん婆さんは急坂を昇り降りする事なくダイエーに買い物に来る事が出来る。しかし一方で併設された駐車場はなく、自家用車で来た場合、全く離れた場所にあるコインパーキングが指定駐車場になっていて使い勝手が悪い。神戸市内にあるダイエーの店舗は古くからのものが多いが、ここは特に老人率が高く、限界集落感が半端ない。
新開地から470円!神鉄+神戸高速線の高すぎる運賃に憤死する鈴蘭台住民
鈴蘭台住民の貴重な足となる神戸電鉄も、その使い勝手の悪さと言えば同じ神戸の山の中を通り須磨区や西区のニュータウンに向かう神戸市営地下鉄西神・山手線が地下鉄の運賃一本で三宮や新神戸に行ける事と比べれば、お話にもならない。新開地行きの電車は本数こそは多いにせよ、神戸の中心は三宮であって「飲む打つ買う」の聖地・ド下町の新開地であるはずがなく、東京で言うなら東武伊勢崎線が浅草でしか降りられないような不便さがある。
そして今もなお鈴蘭台住民の懐を痛め苦しめ続けているのが「神戸電鉄」のそれに加え、直通している「神戸高速鉄道」二社分の割高な運賃である。神戸電鉄線は終点新開地の手前の湊川までで運賃は既に350円で、そこから新開地までの一駅分は別会社としてプラス120円が必要になるので「新開地まで大人一人片道470円」がデフォというとんでもない高額運賃になる。特に中距離運賃が割高な神戸電鉄の特徴が災いして、ちょうど鈴蘭台あたりの住民が割を食わされる格好になっている。
ここから三宮までは片道500円だが、そこから阪急・阪神・山陽電車に乗り継ぐか、あるいはJRに乗り換えて神戸の外に出ようとすると運賃はもっと跳ね上がる。特に谷上から北神急行経由で新神戸まで700円なんて、もう拷問レベルである。同じ神戸市内に行くだけなのに場所によっては家族四人で出掛けると往復4千円以上掛かる事もある、そういう計算である。大阪市営地下鉄御堂筋線と直結する北大阪急行線がいかに良心的なのかが理解できよう。
同じ鈴蘭台エリアでもニュータウン住民の多くは駅前がビミョーな感じの鈴蘭台駅を避けて、割と開けた西鈴蘭台駅周辺の住宅地を選ぶ傾向にあるが、それでも運賃の高さが家計を圧迫するのには変わりない。人口減少を迎え中心地ですら寂れる気配が見られるこの神戸市内にあって、六甲山地の裏側の意味不明なニュータウンを走る神鉄沿線に果たして未来はあるのだろうか?