【枚方市】意識高い系本屋創業の地「蔦屋書店枚方駅前店」が意識低い雑居ビルだった件

数年続いたインバウンド景気とやらで無尽蔵にバンバン外国人観光客を受け入れまくったツケなのか何なのか、中国武漢発の新型コロナウイルスが我が国日本でも猛威を振るいつつある、笑えない現況。こんなんじゃ休日は家に引きこもって過ごすしかない…とお考えの方々も少なくはなかろう。一昔前まではこういうシチュエーション下だと「ツタヤでレンタルビデオを借りまくって一気見するか」という行動パターンが王道だっただろうも、動画配信サービスがメジャー化した今では店舗にすら行く手間も省けて、少しでも感染リスクを抑制する事にも繋がるというもの。今後しばらくは手洗い消毒をこまめにやるくらいで、じっと耐えるしかないようだ。

さて、今回はそんなレンタルビデオ業界で一時期トップ企業に上り詰めた最大手企業「TSUTAYA」創業の地である大阪府枚方市にやってきた。京阪電車の特急に乗ると京橋を出て所要時間約14分、次に着くのがここ京阪枚方市駅。京阪交野線はお乗り換えでございます。

人口40万を誇る中核市、大阪と京都の間にある、という事で淀川を挟んだ向かいの高槻市とは何かとライバル関係にあるが、市の中心がJRと阪急の駅周辺に一極集中している高槻とは違って発展している地域が枚方市と樟葉に分かれていたり、その他市内に片町線(学研都市線)やら京阪交野線などもあるせいか、街の中心である当駅前の商業施設の密集度は高槻駅前と比べるとやや…というか、結構劣る感じがする。そのせいか、この場所によそから足を運ぶきっかけも少ない。

時代と共に変化する枚方市駅前の意識高い系蔦屋書店

レンタルビデオ業界はNetflixやhuluなどの動画配信サービスなどに取って代わられ、かつてのツタヤのビジネスモデルをアメリカでそのまんま採用して成功を収めたと言われる、同国最大手のチェーン店に成長していた「ブロックバスタービデオ」が倒産(そう言えば昔、高槻市にもブロックバスターの日本店舗ありませんでした?)するなどしたり、出版や書店業界も言わずと知れた右肩下がりの斜陽産業、そんな今の時代にこちら枚方発祥のツタヤも今となってはかたや貧乏人御用達、レジの前で小銭程度のポイント欲しさに爺さん婆さんがいちいち財布からゴソゴソ取り出すのを見ているのが面倒臭いことでお馴染みのTポイントカードと、かたやお金持ち御用達、やたらと意識の高いアイテムや高級家電をオシャレに並べる謎の本屋を全国展開している。2016年5月には代官山、二子玉川、湘南などに続いて、創業の地であるここ枚方に全面ガラス張りの「枚方T-SITE」をぶっ建てて故郷に錦を飾った。

これが駅から枚方市役所に直結するペデストリアンデッキに繋がっていて、今となっては枚方市の新しいランドマーク的存在。古臭さの残る駅前一等地に場違いなくらいに意識の高い風を吹かせている。その昔ここに建っていたのは近鉄百貨店枚方店。人口40万もいる街の中心ながら、目の前に淀川が流れ商圏が分断していることが災いし、長崎屋だの三越だのあったのがバタバタ潰れたり、駅西側の商業施設「ビオルネ」の当初の運営会社だった三セクが破綻するなど、未だに松坂屋や西武改め高槻阪急が営業している高槻駅前と比べても、何かと曰くの多い土地でもある。

以前枚方に訪れた時には蔦屋の屋号が先祖のやっていた置屋から取ったとか、その遊郭跡(桜新地)には創業者一族の自宅があるとか、そういう部分ばっかり見ていたんですが、企業イメージって変わるもんですね…なんぼ駅前を綺麗にしても代官山や二子玉川みたいな「ドヤ顔Mac」かますにはお似合いの土地じゃありませんが…

中に入るとシャレオツな食い物屋やスタバやら、本屋なのか何なのか分からない仕様なのは相変わらずだが、上層階に登ればでかいテラス席まであるお高級レストランや、郊外都市の枚方市にはごまんといる、定年退職で暇を持て余しつつ貯金もしこたま持っている元サラリーマンな土着老人向けの資産運用の窓口にと銀行が二つもあったり、デパ地下的な食品フロア(北野エースが入っている)があったり、首都圏にある蔦屋書店・蔦屋家電のそれとは異なり店舗構成も地元向けにカスタマイズされている。

4階と5階の間の吹き抜けなんて、ブルーボトルコーヒー大好きな意識の高い御方が思わずツイッターで「とにかくデザインがいいですね」とか呟きそうなイキフンである。まだまだ大阪特有の下品さをちらつかせる街、枚方において、地元発祥企業が文化レベルの底上げに貢献している形か。大阪人が巷で言われる下賤の民ではないことを示すために枚方生まれのツタヤには是非頑張って欲しい。

昭和丸出しな駅前ビル「ひらかたサンプラザ」

昭和から平成、令和と時代も変われば商売のやり方も変わるし、街並みも変わる…と思いきや、枚方T-SITEと同じく駅前ペデストリアンデッキ直結の「ひらかたサンプラザ」がやたら昭和レトロな外観を晒している。新旧対比という点では面白い現象である。っていうか、やっぱりライバル都市高槻駅前とかぶるんですが…あっちにある「グリーンプラザたかつき」と雰囲気クリソツなのね。

駅前ロータリーの上に張り巡らされたペデストリアンデッキを介して1号館から3号館まで連なっていたというのも、高槻駅前のグリーンプラザによく似ている。枚方と高槻、当時から対抗意識あったやろ絶対…ちなみに2号館が無くなっているが、2号館は取り壊された旧近鉄百貨店で、今は1号館と3号館だけ。建築年代が昭和50(1975)年というので、こちらが高槻より4年くらい先輩格ということになる。

駅前一等地なのにしょぼくれた佇まいを見せるひらかたサンプラザ1号館のごく一部は枚方T-SITEのアネックス棟としてこれまたシャレオツで意識高めなチャリンコ屋なんぞが入っているが、3号館はというと…安定のレトロっぷり…タバコ臭い純喫茶やら大阪らしさ満点の食い物屋の数々が入っていて、まあなんとも「いつもの大阪」な風景が見られるのであった。

ちゃっかりパチンコ屋まである始末。はいはいいつもの大阪。守口門真寝屋川と大差ないテンションやな…当サイトを御愛読の皆様御存知の通り京阪沿線もドギツイ下町ばっかりなので、この沿線に住まいを探す転勤族は樟葉くらいしか安心して住める街がないと愚痴るのが定番になっております。

蔦屋書店創業の地の雑居ビルが現存している!しかも超絶ボロい!

で、また話をツタヤの件に戻すわけだが、同社(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)が枚方駅前にて初めて書店を開業したのが今から37年前、昭和58(1983)年3月24日のこと。創業の地である「蔦屋書店枚方駅前店」が入居していた雑居ビル「大和ビルディング」は、驚くべきことに未だ現存しているのだ。もっとも現在では「餃子の王将」になっちゃってますけれども…

ひらかたサンプラザ3号館のすぐ隣にこの雑居ビルがあるわけだが、特に「ツタヤ創業の地」を示す記念看板の類が建てられているわけでもなく、ビル自体も見た目にも老朽化が進んでいつ何時取り壊されてもおかしくない佇まいをしている。餃子の王将以外には居酒屋とかバーが入ってるくらいですかね。隣の枚方T-SITEとは打って変わって、こちらは“意識低い系”仕様ですね。

ここが蔦屋書店だった頃の写真はネットで画像検索すればすぐに出てくる。アコムだの何だのサラ金会社と一緒くたになっていたり、その当時からビミョーなテナントしか入っていなかったようだが…

だが、この雑居ビルを超えたすぐ真隣に目をやると、作りかけの歩道が寸止め状態になっている、なんとも香ばしい光景も拝めるのである。ビルの一部分が都市計画道路の対象地域にスッポリ入ってしまっているものの、立ち退きを拒んでいるのかこの部分だけ出っ張った状態になっている。過去のストリートビューの画像などを参考にすると、2009年の時点でも同様。長らくこの状態が続いているようだ。

そこから道路を挟んだ向かいの平屋のボロ商店群もなかなかキテまんなぁ…四方を川か丘陵地が迫る窮屈な駅前の土地を昭和50年そこそこから再開発しちゃっている枚方市の駅前だけに、風景的には香ばしい物件は望めないかと早合点していたが、案外そうでもなかったね。

この都市計画道路も含めて、今後は枚方市駅東側一帯が再開発される予定になっているらしい。孤軍奮闘するかのような“蔦屋書店創業の地”雑居ビルも、そのうち見納めになる時は来るだろう。



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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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