【大阪版ウトロ地区】戦後の残滓、飯場の名残り…大阪・天満「樋之口町」不法占拠バラック村

<1ページ目を読む

その隣のオンボロ平屋建て木造民家はとっくに家の主がいなくなってしまったのか玄関側の一面をベニヤ板で塞がれ「立入禁止」の張り紙が貼りつけられている。

張り紙の主は「大阪府西大阪治水事務所」…これを見れば一発で分かるが、つまりここは本来なら河川用地で、この土地の住宅街が戦後のドサクサで作られた不法占拠物件であるという事を裏付ける。

大川河川敷に近い側の家屋は既に立ち退いたか住民が居なくなったかして生活の匂いがしない。きっと取り壊される時も近いだろう。それにしても戦後65年間よくこれだけの物件が残っていたよなと感心。

駐車場入口がある北側の路地からも河川敷に出る事が出来る。こっちの路地も川に向けてなだらかな下り坂になっている。恐らく個人が舗装したと思しき脆いコンクリートが敷き詰められているだけ。

河川敷に出るとあちこち緑色のフェンスで遮られているが、これらも全て河川用地として押さえているものだろう。もし行政が公園や遊歩道を造るにしても残るバラック民家が全て立ち退かない事には何も始まらない。

しかしこのバラック家屋とタワーマンションの対比は何度見ても凄いな。

住友不動産もこんな土地に不釣合いなモンぶっ建ててえらいバクチやなあと思うが。地上45階建て、部屋数649で大阪市内最大級らしい。夏には部屋から天神祭の花火が見えるし周囲に高層ビルもないので眺望抜群だと売り込んでいるようです。

オンボロ家屋群と細い路地裏風景を見るだけでもお腹いっぱいなのだが、樋之口町の見所はそれだけではない。今度は大川河川敷の方を見る事にしよう。

先程の住宅街からは一段下がった土地に広がる河川用地。こっちの方はちゃっかり行政が緑のフェンスで囲ってしまい家を建てるのはおろかホームレスが小屋掛けすることすら出来ない状態になってしまっている。

車一台通れるスペースを残して両側が緑色のフェンスに占拠されてしまった。この様子から見ても以前ここにもバラック小屋が並んでいたのかと思わせるに充分である。明らかに少し前まではこの場所にはバラック家屋や業者が勝手に駐車場や倉庫に使っていたスペースがあり、それらが最近になって行政によってフェンスが設置されて今の状態になった模様。

殺伐極まりない風景となった河川用地。近所の人が時折犬の散歩に来ているくらいで通りがかる人の姿は殆どない。すぐ北側の橋は交通量も多い都島橋で、道路を挟んだ向かいは大規模団地。真ん前にサイゼリヤ大阪樋之口店の建物もある。まさに都会の死角とも呼べる場所。

都島橋に近い側は軒並みフェンスで覆われて行政に陣取られてしまったが南側に来るとまだまだ香ばしい風景が残っている。ゴミ溜めになっていたり個人の倉庫が置かれていたりとカオスっぷりが凄い。

どうやら土建業者の敷地として使われているらしく、ちょうど我々が覗きに来た時も業者の従業員と思しきオッサンがうろついていたのを目にした。不用意に近づくと怒鳴られそうだが本来なら公共の土地のはずだし。大阪民国では法とか常識というものがまるで通じません。

遠慮せずにずんずん奥に足を踏み入れていくと、まさしく土建業者の倉庫らしく様々な仕事道具が収納されたスペースや従業員の休憩小屋と思しきプレハブなどが適当に建てられている。

この付近は明らかに河川用地で、完全に不法占拠なのだが、大阪の不法占拠問題では居住権を盾に頑として立ち退かない者も多く土地の明け渡しが難航しているケースが多い。道頓堀の大たこ問題も根っこは同じだが大阪は非常に土地トラブルの絶えない街である。大阪名物不法占拠はまだまだ健在。

プレハブの左隣は建物が取り壊されて立入禁止の札が吊るされている。こっちは行政がなんとか土地を収用することが出来た模様。

ここが現在の樋之口町で行政と不法占拠地主との土地争奪戦の最前線と言えるべきホットスポットなのだろうか。それは戦後の残滓を65年間引きずった果てのない泥沼試合である。

この付近は業者の物置場と土地収用ゾーンとがまだらに入り乱れる樋之口町の通称ガザ地区である。しかしバラックが取り壊されフェンスが建てられたのはごく最近の話で、もしかすると数年内のスパンでここにある業者の倉庫群も綺麗さっぱり無くなってしまうかも知れない。

土地収用ゾーンに転がるのは使用済みガスボンベや建設資材にガラクタの数々。

驚く事にその奥にもまだまだバラック小屋が残っていた。こっちは湯沸かし器やら物干し台まで付いていたりして本格的に人が暮らしている模様。未開の少数民族の村にでも来たようなテンションである。大阪の中でも思いっきり都心エリアなんですけどここ。

だがそんな時を忘れた土地にも21世紀が一足遅れて眼前にまで迫っている。この真正面のタワーマンションの住民となる人々は目の前のバラック村を見てどんな思いを抱くだろうか。隣り合う2つの時代の象徴は確固として断絶されたままだ。

>3ページ目を読む


The following two tabs change content below.
DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
トップへ戻る
Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.