【和歌山市】昭和の時代は娯楽の街だった…寂れたアーケード街「東ぶらくり丁」とその周辺(2011年)

JR和歌山駅と南海和歌山市駅の中間地点に存在する、県庁所在地和歌山市の中心市街地「ぶらくり丁」の寂れ具合が半端ない件だが、その中でも最も東側に位置する「東ぶらくり丁」界隈はかつて和歌山における新世界もしくは浅草に位置付けられる歓楽街的要素の強い街だった。

築地通りから中ぶらくり丁、銀座通を隔てた先に大門川に架かる雑賀橋がある。ここが和歌山DEEPゾーンの入口となるのだ。川に沿って何やら特殊なお風呂屋さんの古びた建物も並んでいてツッコミどころ満載ですが、とりあえずそちらは別の機会にお伝えする事にして…

雑賀橋のたもとにレコード型の変なオブジェが設置されている。レコード盤を象った部分はベンチになっていて腰掛けたりもできるのだが、中心のポールに埋め込まれたスピーカーから、我々取材班も知らない「和歌山ブルース」が自動演奏される粋な仕組みになっているのだ。

横浜の伊勢佐木町ブルースも、岐阜の柳ヶ瀬ブルースも、今では寂れてしまいながらもどこか胡散臭さを残す街の昔の情景を唄ったものか知らんが、和歌山ブルースも多分そんな感じだろう。で、アーケード街はこれ以上ないまでに寂れていた。殆ど人通りがない。

雑賀橋そばの東ぶらくり丁アーケード入口には、昭和の繁栄を物語る映画館「和歌山帝国座」の跡地。昭和3(1928)年から開かれた老舗の映画館だったが、2003年に閉館されてから長らく廃墟同然で放置されていた。その後、クラブハウス(帝国座ホール)が入居している。

映画館の跡地と隣り合って、何やらパチンコ屋っぽい店舗の跡も見られる。どのみち戦後日本における庶民の娯楽の王様である事には変わりない。

しかし東ぶらくり丁の「新世界」っぷりを辛うじて留めている物件が残っていた。「ニューホープ」なるスマートボール屋の店舗である。店の中をちらりと覗いてみたら暇そうな老人が2、3人遊んでいるだけだった。

確かにハマれば一家破産するようなパチンコに比べりゃ「やさしい娯楽」だスマートボールは。ちなみにぶらくり丁には「うぐいすホール」という店もあって、こっちはパチンコによく似た「アレンジボール」という遊技機を扱う珍しい店舗だったが、数年前に店を畳んでしまっている。

雑賀橋寄りには色々と突っ込みどころのある店が多くて楽しいのだが、その先はちらほらと喫茶店や古い商店が開いているだけで、なんとも寂しい限り。

既に店を畳んでしまった後なのだろうが、かなり懐かしさを漂わせる中華そば屋にパン屋の店舗がそのまま放置されていた。出来れば10年前くらいに来たかったですな。

その先も古風な外観のクリーニング屋があったりしてレトロ感満載だが、あまり見るものもなさそうなので、ここらでアーケード街の外に出る事にする。ちなみにこの商店街を突っ切って真っ直ぐ行くとJR和歌山駅に辿り着く。

聞いた話によると、お風呂屋さん街の裏手あたりに物凄いバラック小屋が密集する路地が隠れているらしく、それらしい場所を歩き回ってみたが、多分一部取り壊されてしまったのか、思った程のインパクトはなかった。ただ確かにオンボロ気味なあばら家が残っているといえば、残っている。

しかしダメ元で歩き回ってみるだけの価値はあった。見逃してしまいそうな程の細い路地に隠れて、戦後のドサクサで出来たようなあばら家が連なる一画を発見したのだ。

路地はその昔飲み屋街だったのかも知れない。明らかに元店舗でしたと言わんばかりの外観だが、かなり前に店を畳んだまま荒れるに任せるような状態になっていた。今でも住んでいる地主の所有物だろうか、足腰の弱い老人が乗る三輪自転車が停められていた。

路地の奥を見ると、既に建物自体が崩落してしまった箇所も見られる。こんな状態になっても人が住んでいるのだろうか不思議に思う。都市の中の限界集落か。

その向こうに見える飲み屋の看板は「ぶゝ漬 つぼみ」とある。和歌山なのにぶぶ漬けですかい。建物もなんだか赤線地帯のそれっぽい。古い飲み屋街というよりは、私娼窟のそれに近い艶めかしい雰囲気すら漂う建物だ。

さっきから散々怪しい街並みを見せつけられた訳だが、ここに来て突然重厚な近代建築が姿を現す。ちょっとこの展開は珍しいぞ。赤レンガに身を包んだこの建物、旧和歌山銀行和歌山中央支店新通出張所といい、大正14(1925)年に「和歌山無尽株式会社本店」として建てられたものだ。

薬局に隣り合う位置に設けられた勝手口もまた元銀行っぽさが伝わる。空襲の激しかった和歌山市中心部でもこれだけの近代建築が残っているのは珍しいそうだ。

最近まで和歌山銀行の店舗として使われていたが、紀陽銀行との合併で廃止となった2006年以降は空き家となってしまい、せっかくのレトロ建築が放置プレイをかまされている。

銀行の出張所名となっていた「新通」は、この銀行の建物から南側に向けて伸びている。「新通商店街」と書かれたアーチが掛かっているが、ここも既にもはや商店街とは呼べない、寂れまくりな状況である事に変わりはない。外国人観光客がわさわさ関空から来ていて和歌山も近いはずなのに、全く見向きもされない不遇さよ…


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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