此花区の台所、阪神なんば線千鳥橋駅前「四貫島商店街」と5人死亡放火事件のパチンコ屋跡

大阪ベイエリアの下町ゾーンはまだまだマイナーな存在に甘んじている気がしてならない。関西圏の都市の発展からは見事に取り残されたエリアで、皆一様に昭和の時代までに重工業地帯や港湾地域として栄えていた街ばかりである。しかしそのうち此花区は2009年に「阪神なんば線」が開通した事で、今まで西九条止まりだった電車が難波や奈良方面に直通し利便性が増し、今後の発展の伸びしろが多少は出来た感じはあったのだが…

というわけで今回は西九条から阪神なんば線でひと駅、千鳥橋駅で下車。この駅は阪神なんば線開通前の「阪神西大阪線」のさらに前身となる「伝法線」が大正13(1924)年に開通した当時からある。ちなみに隣の西九条まで開通したのはそのずっと後の昭和39(1964)年である。

しかし千鳥橋駅前までも西九条から全然歩いて来られる距離でもあるので、わざわざひと駅分阪神電車に乗り換えるのが面倒で、阪神なんば線開通前まで地元民はそのまま歩きやチャリで西九条駅を利用する客が多かった記憶がある。今となっては直通電車で難波まで12分で出られる。

千鳥橋駅前、5人死亡「此花区パチンコ店放火殺人事件」の舞台

千鳥橋駅から少し歩くと此花区を代表するアーケード商店街「四貫島商店街」の入口が見えてくる。だが注意して見て欲しいのはそのすぐ右手にある雑居ビルの存在だ。今となっては単に「スギ薬局」が入居しているだけのテナントだが、かつてここは5人が死亡する痛ましい放火殺人事件が起きたパチンコ屋だった。

2009年7月5日、パチンコ店「CROSSニコニコ」店内で当時41歳の男がガソリンを撒きマッチで火を放ち、店内にいた20代の女性従業員1名と客4名が焼死する事件が起き、凄惨な事件現場となったパチンコ屋の店先に「海物語シリーズ」のパネルがわざわざ置かれている前に献花台が設置され、遺族らが手を合わせる姿にキョーレツな印象を覚え、未だに記憶に残っている。

事件後のパチンコ店は「Ciao」と名前を改めそのまま営業を続けていたが、2011年にパチンコ台の遠隔操作が判明し風営法違反で経営者が検挙され閉店している。裁判の結果2016年に死刑判決が確定した高見素直死刑囚は事件当時約200万円をサラ金などから借りていたらしいが、遠隔操作された不正な店舗でボロクソに金を巻き上げられた末に自暴自棄になっての犯行だったのだろうか?高見死刑囚は現在50歳で、大阪拘置所に収監中である。

此花区の台所「四貫島商店街」も大阪市内デフォ的な下町仕様

そんな一級の事故物件を横目に四貫島商店街のアーケードへ入る。厳密には「四貫島本通商店街」「四貫島中央通商店街」「森巣橋筋商店街」、それに北港通を挟んだ南側の「このはなストリート」(此花住吉商店会)の4つのアーケード商店街の総称で、此花区最大規模の商店街と言っても良い。

しかしアーケード街に入っても相変わらずパチンコ屋ばっかり…いくらパチンコ屋の店内で恐ろしい放火殺人事件が起きて、それを目の当たりにしたとしても、年金や生活保護で細々と暮らすしかない大阪ベイエリア暮らしの老人にとってはこれが唯一の娯楽であり、「やめられない止まらない」なのであろう。ちなみに千鳥橋駅周辺にはパチンコ屋が3軒ある。

此花区の人口は約66,000人で、昭和40(1965)年で約89,000人をピークにしていた頃に比べると4分の3にまで減少している。無論これが住民の高齢化(高齢化率は25%超です)や地場産業の空洞化による人口流出などが原因である事は言うまでもない。TDR目当てに新浦安や舞浜に住むディズニー好き女子がいても、それがUSJになるとそれ目当てでわざわざ移り住む住民なんてあまり居ない。結局此花区は衰退の一途を辿る重工業地帯でしかないのである。

四貫島商店街のとある酒屋は店先に自販機ドリンクよりも安い缶入りチューハイを大量に陳列して酒飲み老人に猛烈アピール中。パチンコ放火魔の高見死刑囚も近所の春日出北一丁目にある此花消防署近くのマンションでしがない一人暮らしをしていたようだが、此花区に住んでいる限りはパチンコと酒くらいしかやることがないのか。

さっきからパチンコ放火事件がらみの話ばかりで陰鬱になりそうだが、やっぱり四貫島商店街は此花区一の商店街だけのことはある。ここだけで衣食住が全て揃っている。もちろん激安店ばっかりだがな。USJに遊びに行くお金のない土着民は、ここで正規品かどうか疑わしいミニオンズのトイレマットがUSJの入場料の10分の1以下の699円で買えます。お買い得過ぎるやん。

激安スーパー「DONどん市場」は地元民のチャリンコが店先にずらりと並ぶ繁盛店。客はほとんど高齢者ばかりである。

衣料品店もこの通りドカチン仕様でカオスな陳列っぷりを晒しているが、これこそ大阪ベイエリアの下町クオリティ。

此花区民のビンボー暮らしを支えるリサイクルショップもございます。大阪下町民はみーんなエコ意識高い系ですよ。とことんお安く買い物して、余ったお金はパチンコ屋に注ぎ込むのがオチである。

商店街の先の方に行けば空きテナントの店舗も目立ち寂れた風情しか漂っていないアーケード街に「ときめきすとりーと」などと書かれている看板が吊るされているのを見ると何の皮肉なのかと思うのだが、時代に取り残された街並みは別の意味でときめいてしまいますね。

森巣橋筋商店街を抜けて伝法方面へ

四貫島中央通を北進すると阪神なんば線のガード下を隔てて「森巣橋筋商店街」に連なっている。このガード下にも衣料品を売る行商がたむろしていて、店主も客も軒並み後期高齢者しかいない。

とは言え、森巣橋筋のアーケードはわずか50メートル程しかなく、さしたる珍しい店も見当たらないままアーケードを出る羽目になる。駅からも離れてしまうので寂れ具合MAXな感じでございます。

アーケードの出口左手にある「四貫島温泉」も下町風情を盛り上げてくれる存在だ。ただの銭湯に「温泉」と名が付く安定の大阪スタイル。しかしこの銭湯、2017年中に廃業してしまったらしい。

アーケードを出た真正面に正蓮寺川があり、その手前には階段が。此花区の海抜ゼロメートル地帯ぶりを実感できる光景。森巣橋というのはこの先にある橋の名称で、橋の先にある神社「鴉宮」にその地名の由来がある。

正蓮寺川に架かる森巣橋を渡るとその先が伝法・高見地区となる。しかしこの正蓮寺川、すっかり埋め立てられてしまい、かつての川跡の地下が「阪神高速2号淀川左岸線」として使われているのだ。現状、5号湾岸線と3号神戸線を結ぶバイパス区間であるが、将来的には東側に延伸し門真JCTで近畿自動車道・第二京阪道路と接続する予定になっている。

日暮れ前の森巣橋付近。まだ午後5時台だが、商店街も含めてシーンと静まり返っている。四貫島商店街のある此花区四貫島、その地名の通りかつては大阪湾に浮かぶ島の一つだったものが江戸時代に新田開発され埋め立てられ「四貫島村」の名が付いている。明治、大正期に都市開発が進み大阪市域に組み込まれ、阪神工業地帯の一角を担う地域に成長し現在に至る。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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