かつて堺の中心だったチン電が走る紀州街道と激寂れアーケード「堺山之口商店街」

大阪府第二の政令指定都市に昇格したにも関わらず、イマイチ存在感が地味でしょうがない「堺市」の中心市街地はどのあたりだろうかと聞かれると、その答えは南海本線堺駅でも南海高野線堺東駅でもない、その中間に位置する紀州街道の大小路・宿院交差点の間とそこに併走するアーケード街「堺山之口商店街」のあたりだ。

“チン電”こと阪堺電気軌道阪堺線の軌道敷が街をぶち抜く堺の中心、宿院交差点にやって参りました。関西空港からラピート号でやってくる外国人観光客も華麗に素通りしてしまう街でございます。

チン電と共に栄えた堺の中心市街地と与謝野晶子生家

宿院交差点から紀州街道を大阪寄りに少し歩くと、そこには誇らしげに鎮座する石碑が。何はなくとも堺の街から全国区の知名度を誇るものとなっているのが明治生まれの歌人・与謝野晶子(鳳志よう)。同人の生家跡である。

22歳で浜寺公園の旅館で知り合った与謝野鉄幹と不倫関係になりそのまま結婚し東京へ引っ越し、12人も子供を生んだ(うち1人死産)という超絶逞しい人生を歩んだ女性ですよ。堺市屈指の有名人であるが、本人の人生の半分以上は東京だし、その子孫もずっと東京にいる。

しかし与謝野晶子や千利休、百舌鳥古墳群というのが観光の見どころというのはやはり地味である。道頓堀でたこ焼き屋に行列するだけで成立する大阪観光とは異なり、堺へは文学や茶道、歴史に造詣が無ければ来るきっかけにもならない。 最近堺市は宿院交差点近くに「さかい利晶の杜」という観光施設を設置していてやけに意識高めなスポットになっているのだが、立ち寄るのを忘れた。

与謝野晶子の生家の和菓子屋が建っていた土地も今ではチン電の走る紀州街道…そこはかとなく街の歴史がプンコラ漂う堺の中心ではあるけれども、だだっ広い道路と無味乾燥なビルが連なる街並みが余計にそう思わせるのかも知れないが、どうにも寂れっぷりが酷い。

堺にはチン電でお越し下さい。運賃差額80円は堺市が負担してます

ともかくこの界隈に訪れるなら、チャッチャと来れる南海線を利用するのも一つだが、昔懐かしの“チンチン電車”こと阪堺電気軌道阪堺線に揺られて40分近く掛けて来るのもオツなものである。長らく大阪と堺を行き来する市民の足だったが、路面電車の衰退ですっかり脇役に甘んじている。

東京の都電荒川線と肩を並べる、大都会に生き残るローカル臭きっつい路面電車として知られる阪堺線も近年は1001形新車両「堺トラム」を導入、それでもせいぜい乗り鉄くらいしか観光客が居なさそうだが…

実は2011年から大阪市と堺市を跨ぐチン電の通し運賃が無くなり、片道290円だったのが210円で来れるようになっている。これは値下げではない。阪堺線の堺市内区間は赤字続きとなっていて、観光客を呼びこみたい堺市が公費で運賃差額80円分を負担しテコ入れを図っているのだ。堺市は阪堺線に対し10年間で50億円の財政支援策を投じているのである。必死ですね…

宿院交差点から堺中心部の目抜き通りとなる幅員50メートルの道路「フェニックス通り」に入るとその先に「山之口筋」と書かれた交差点がある。その北側を見ると…

かつて心斎橋筋と肩を並べていた、堺中心部の激寂れアーケード街

堺市を代表し、この街で最も歴史の古い商店街「堺山之口商店街」のアーケードの入り口がある。チンチン電車の走る紀州街道から東側に入った道に沿って、フェニックス通りから大小路通りにかけて伸びる、かつては大阪の心斎橋筋と肩を並べるほどの存在だったらしい商店街だが…

しかしその商店街の中に入ると目立つのは空きテナントとなった店舗群、空き地となって仕方なく月極駐車場などに使われている区画ばかり。尋常無い寂れっぷりを見せているのである。ちょっと気の毒なほどの状態だ。チン電の停留所からは近くとも、南海線の二つの駅から歩くと片道10分以上は掛かる。時代とともに人の流れが途絶えてしまったのだ。

山之口商店街自体は、その成り立ち自体も商店街の公式サイトですら「正確に、いつごろ形成されたのかは明らかとなっていません」とまで投げやり気味に言い切っちゃっているほど昔過ぎてわからないくらいものだが、「心斎橋か山之口筋か」と言われていた昭和初期までがピークで、終戦後、昭和の時代が終わる頃まで活況を呈していたものと思われる。

大阪と双璧を成す商業都市として栄えていたはずの堺市だが、戦後はもっぱら「大阪の郊外」という立ち回りに変わってしまった。その歪みが商店街の惨状となって現れているのかも知れない。行政の権限でチン電の運賃を下げても、そう簡単にインバウンド需要に応えられない堺ならではのもどかしさが感じられる。

与謝野晶子が成人するまでを過ごしたという地元だけにアーケード街の各所には同人の和歌の数々が記された垂れ幕がぶら下げられている。商店街自体、あんまり営業している店もないし、せいぜい和歌を読みながら歩くくらいしか無いようだ。

老舗の風格漂うモダンな店構えの洋食レストラン「浪花亭」が気になりますけれども、ここも商店街への客足減少の結果か、平日の夜営業を辞める旨の張り紙が貼っつけてあったりして、さらなる侘しさを誘う。

かつては心斎橋筋と比べられる繁華街だったという性質の商店街だったからか知らないが、生活感漂う食料品店やスーパーマーケットの類は山之口商店街で見かけることが少ない。同じ“大阪の隣町”なのに、かたやお下品過ぎるくらいに生活感のどぎつい、年がら年中繁盛している尼崎のアーケード街と見比べれば、あまりにも違うのがお分かり頂けるだろうか。

堺市と泉州地域の土産物を売ってる「泉州庵」というお店なんかもありますけれども、もうかってまっか…店の前に置かれた“与謝野晶子の顔ハメ看板”がこれまた哀愁を誘っている。堺市は旧摂津・河内・和泉の三国に跨っている事が地名の由来だが、どちらかと言うと泉州の中の泉北地域に括られる事が多い。

アーケード商店街に面して境内を構える「開口神社」の鳥居。創建年代も非常に古い。9月初め頃には例大祭が行われ、堺最古の歴史を誇る布団太鼓が担ぎ出される。

そんな開口神社も女子ウケ狙いで与謝野晶子がらみの「恋歌みくじ」なるものを売っておりますけれども、子供を12人も出産する経験のある女性はそうそう居ないと思うので、恋愛成就祈願に加えて安産祈願でも売った方がご利益ある気がしますがどうでしょう。

指定暴力団事務所の残骸?山之口商店街に残るアウトローな一画

ちなみに山之口商店街の一角にあるこちらの建物、今では使われていないようだが、ここは山口組傘下の指定暴力団「難波安組」の本部だったビルである。地元テレビ局のドキュメンタリー番組で取材を受け、事務所内や構成員の生活ぶりが地上波で流されるなどしたものが、今もネット上に拡散されている。構成員の減少と組長の健康上の都合から、2009年に解散。建物だけが残っているのだ。

ヤクザの事務所が商店街のど真ん中で威勢を放っているのは、アウトローと隣り合わせのお土地柄である大阪ならではのもの。堺で最も歴史を重ねてきたこの商店街にも、ほんの少し前まで裏社会の片鱗が見られたのだ。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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