【ダークサイド堺】南大阪最大のネオン街も今は廃れて…「翁橋町」の昭和でアウトローな街並み

人口約83万人、大阪府第二の政令指定都市に昇格したにも関わらず、古墳とサカイ引越センターの本社があること以外は特に存在感のない街「堺市」…しかしそんな街にも大阪キタの北新地、ミナミの宗右衛門町と一時期は肩を並べていたらしい一大ネオン街があると聞いてやってきた。

その場所とは「堺市堺区翁橋町」…南海高野線堺東駅から堺市役所前を通り抜けて徒歩10分程度離れた一角である。堺でネオン街と聞くとここだと言う事らしいが、我々がこの地域に土地勘が無かったせいか、随分耳慣れない地名にも思える。だが、この翁橋町こそが、かつて南大阪最大の盛り場だったと言われる場所…だそうである。

翁橋町という、堺市民にすら忘れ去られたネオン街

確かに翁橋町の町内に入ると飲食店が入居する小汚い雑居ビルが密集する一帯になっていて昼間っからでも雰囲気が陰気臭い。しかも妙に古臭い佇まいで、北新地や宗右衛門町というよりは、関西から遠く離れた地方のやさぐれた繁華街のそれを思わせる。

堺市街地の一番の目抜き通り「フェニックス通り」と阪神高速堺線などに囲まれた三角地帯となっている翁橋町一丁を中心に、昭和の盛り場風情全開な町並みが見られるのだ。

しかしこれだけ派手な飲み屋街なのに「翁橋町」についてネット上で調べてもてんでろくな情報が見られない。どういうわけか。それどころか検索候補に「ヤクザ」とか出てくる始末。まあ、なんとなくアウトロー臭強めなのはお察ししておりますけれども、確かに組事務所なんかもあるようです。

翁橋町に乱立する飲食店ビルの建物を観察すると、だいたい90年代くらいまでに建設されたものが多い。昭和の時代には堺市街地もかなり活気があったのは確かだが、大阪第二の都会としてもベッドタウンとしても微妙な立ち位置の今となっては堺東駅前の北瓦町「銀座北ロード」の方がもっぱら栄えている。

もちろん、盛り場で出来上がった方々がしっぽりと“その後”を楽しむためのブティックなホテルも翁橋町には用意よくございますが、こちらももれなく前時代感漂い過ぎていてイマドキの世代は見向きもしないだろう。

オラオラ感漂う翁橋町の飲食店たち

寂れた飲み屋街とは言え、堺市の中心にあることには違いないので、それなりに新しいテナントも入れ替わっているようだ。しかしこのそこはかとないオラオラ感漂う看板は何でしょうか。大阪市内にあるこうした盛り場ともまた少し違うセンスを感じる。

かなり如何わしい使われ方をしている雑居ビルも存在する。まさしく堺市のダークサイドゾーン翁橋町。決して人目に付きやすい大阪市内では見られない光景である。

飲食店のテナント一覧もいちいち店名が香ばしい。こういう場所のお約束なのか、韓国系、フィリピン系の店舗も多いようだ。

その他タイの国旗を掲げる飲み屋さんもあるようです。思いの外インターナショナルな翁橋町。

どう見ても著作権的にアレな某鉄腕原子少年の像がそびえる雑居ビルもある件。まだ「鉄わん波平」じゃないだけ大阪人の感覚で言うには良心的なのかね。パクリ上等、遵法精神の希薄な大阪民国というお土地柄なのでしょうがありません。

阪神高速沿いにそびえる8階建ての大型商業ビルもその退廃的な外観から禍々しい気配しか漂ってこない。昼間ですら薄気味悪く感じる盛り場の光景、日が落ちた後に平気で歩ける気がしない。

そしてこのビルの下にもフィリピン国旗を掲げた店舗が…そもそも営業しているのかどうか怪しいんですがね。サリサリストアの表記があるので、ここは翁橋町勤務のフィリピン人向けスーパーの残骸であると思われる。全国各地に逞しく生きる出稼ぎフィリピーナ軍団も、堺じゃもうかりまへんか。

ビルの壁に掲げられたテナント一覧表もどこかしら古臭く、さらなる味わいを奏でている。いずれにせよ、翁橋町の佇まいは30~40年前にタイムスリップしたかのようだ。

そんなに廃れきった佇まいで「癒しの空間」とか言われても何のギャグやねんとツッコミを入れる他ない件。しかもこのビルの裏手には指定暴力団の事務所もある。散策の際はくれぐれも注意頂きたい。

韓国料理店だけはやたらと多い翁橋町

世間のお子様も知ってる“まさかりかついだ金太郎”もこちら堺の翁橋町に来ればチャカを持ったヤーさん…いやいや、韓国料理の「金太郎」でございますのでご了承下さいニダ。

翁橋町のキム太郎はトウガラシの船に乗ってビールの中ジョッキを担いでいるのが特徴。この店舗のウリジナルキャラクターですね。

この韓国料理「金太郎」は同じ翁橋町内の別の場所にももう一店舗構えている。夜のお水勤めのコリアンママの胃袋を満たす、さしずめ“故郷の味”でしょうか。

くたびれた盛り場でしかないが、韓国料理屋だけは妙に多い件。サムギョプサル専門店だってある。案の定場所柄だけのことはあってか昼間から営業している店舗はほとんど無い。

そして放置された廃墟ビルも多い翁橋町

一方でところどころ廃墟化したまま放置プレイをかまされている飲食店の建物も多い。かつては盛り場を訪れる血の気の荒い輩の満ち溢れる食欲の需要に全力で応えていたであろう焼肉店の残骸だ。

栄枯盛衰ぶりを感じさせるこうした飲食店の廃墟も翁橋町独特のものである。大阪市のすぐ隣にありながら、なぜ堺の中心市街地はさっぱり発展することがないのだろうか。

なぜこの場所が寂れたのかという点はもちろん駅から遠い立地というのも一つの要素だが、元々は阪堺電車沿いの大小路、宿院といった停留所がある付近が街の中心だったものが南海の駅前にシフトしたというのも理由か。あちら側にも山之口商店街という激寂れアーケード街が存在しているが、それは次の機会にご紹介しよう。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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