東大阪市石切・旧生駒トンネルを訪ねて (4)

生駒山地をぶち抜き大阪と奈良を最短距離で結ぶ近鉄奈良線、旧生駒トンネルの入口と旧孔舎衛坂駅の遺構が残る石切駅北側の日下町は生駒山の中腹に位置する閑静な住宅街となっている。
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古く日本書紀の神武東征伝説にも登場する孔舎衛坂の地名、そして霊場として今なお崇められる生駒山地一帯の独特な文化、それは幾度にも事故による犠牲者を出した旧生駒トンネルの存在と相まって濃密な霊的世界を作り出している。ここは大阪でも奈良でもない都市の裂け目のブラックホール。
孔舎衛坂駅のホームの脇には古びて錆色がこびりついた道標の石柱が今もひっそり立っている。「くさかたき道」と書かれた道標に従い、駅の遺構を出て谷間に沿って続く山道に入っていくと、そこには生駒山地の中に隠されたように根付く土着信仰の世界が広がっているのだ。


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この旧生駒トンネルの建設工事には多数の朝鮮人労働者が従事していたという。映画「パッチギ!」でも朝鮮の爺さんが「生駒トンネルは誰が掘ったか知っとるのか」などと言うセリフもあるくらい、関西の在日にとっては最も知られた語り草だ。
その影響が今に残っているのか知らないが生駒山地には数多くの朝鮮寺があり、それは朝鮮半島本土の大韓仏教の流れとは異なる在日独特のシャーマニズム信仰文化を関西にもたらし続けてきた。
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孔舎衛坂駅から生駒トンネルに入る廃線跡を脇目に左側の坂道を登っていくとそこに一軒の寺が見えてくる。ごく普通の田舎にあるような鄙びた民家にしか見えないが、その傍らには祠まで置かれていて少し様子が変わっている。
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コンクリートで作られた無骨な祠の中は鉄格子の扉で頑なに守られている。さらに屋根の上には卍マーク。
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その祠の中を覗いてみることにした。中にはお地蔵様にお供え物がしてあるだけだったが、その背後には寄進者と思われる名簿がずらりと並んでいる。名前は全て朝鮮名だった。
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殆ど誰も訪れる事はないであろう生駒山地の谷間に、ひっそりと在日コリアンによる信仰が続けられている。朝鮮寺はこの寺だけではなく生駒山地一帯に複数存在しているのだ。
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祠の先に個人の民家を兼ねた寺の境内がある。お堂に使われている正面の建物上部には寺の名前が刻まれた額が掲示されていた。霊岩寺とある。
沢山の朝鮮人労働者がいたという因縁の生駒トンネルの真上に、まさかこんな寺があったなんて。
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中に入ったが特に参拝者の姿もなく、寺の関係者も留守にしていたようで人の気配は全くない。ただ鶯色のペンキが塗られたトタン板で覆われた民家の外観は、おおよそ日本の寺院のそれとはセンスがかなり異なる。
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お供え物などを見ている限りは全くもって日本式のそれと変わりがない。朝鮮寺とは言っても今は在日が親子三代とかが普通の時代である。文化や習慣が日本人のどことどう違うかなんて分別つかない。
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傍らに置かれた墓地も日本の仏教式のそれと変わらないが、墓に刻まれた苗字はあっちのもの。
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生駒山地を中心とする関西の朝鮮寺も後継者問題云々で、時代とともに姿を消し始めてきている。桜ノ宮の大川沿いの不法占拠バラックに作られた聖地「龍王宮」がオーナーの死去にともない閉鎖解体された事は記憶に新しい。
朝鮮寺の存在そのものも、世間からはおおよそ遠い場所にある。このまま忘れ去られる運命にあるのだろうか。

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