【西成区】ドヤ街からバックパッカーの街に変貌を遂げる「釜ヶ崎」のいま

日本最大級のドヤ街であり、日本全国から住所不定者・流れ者・お尋ね者が流れ着く特殊地域「あいりん地区」こと釜ヶ崎エリア。地下鉄御堂筋線動物園前駅およびJR新今宮駅の南側、西成区萩之茶屋・太子・山王の500メートル四方に囲まれた「労働者の街」は、20世紀初頭に誕生した。

釜ヶ崎ドヤ街誕生以前は日本橋電気街の辺りが「長町スラム」と呼ばれていたのが前身で、木賃宿が密集する貧民窟だったのだが、明治36(1903)年に内国勧業博覧会が現在の天王寺公園付近で開催されたのをきっかけに、今の土地にドヤ街を強制移住させたのが「釜ヶ崎」の始まりである。

釜ヶ崎が労働者の街になってからおよそ百年以上。いかに時代が変化しようとも、ここには社会の最底辺に生きる者が住まう街として、何一つ変わることはなかった。

昼間から酒を煽って道端で眠りこけるオッサン、冬には凍死するホームレス、公園では炊き出しのボランティア、極左活動家のアジ看板、犬も歩けば棒に当たるくらいに多い暴力団、ドライブスルーでアレが買える街。それが「西成」の日常風景なのは、今でも大して変わらない。

労働者の街からバックパッカーの街へ変わる釜ヶ崎

ところがこの十年間でドヤ街釜ヶ崎が大きな変貌を始めている。労働者の街から世界中から集う外国人観光客、バックパッカーの安宿街としてのこの街の新しい姿だ。現在の西成は、昔ながらの労働者やホームレスのオッサンと、でかいリュックサックを背負うかキャリーケースを引きずって歩く外国人観光客が並んで見られる風景が珍しいものではなくなった。

今どきの釜ヶ崎について、認識を改めざるを得ない変化の一つが「あいりん労働福祉センター」真向かいという超絶立地にある「ホテル新今宮」。ホテルの店先がなんとカフェテラスになっている件。以前は真新しめな簡易宿泊所だったが、外国人観光客を対象にし始めて急激にシャレオツ化を遂げた。カプセルとシングルルームがあり、大方1,500円から3,000円で一泊できる(繁忙時期は高くなる)。

その真隣にある老舗の「ホテルサンプラザ」も相変わらずの低価格を維持しつつ、外国人観光客向けに英語表記の看板を掲げている。あいりん労働福祉センターの建物が目の前に見られる圧倒的な釜ヶ崎ビューで当編集部イチオシの宿である。元労働者向け簡易宿泊所とは言えシングルルーム一泊1,300円は魅力的でしかない。関空から南海電車に乗って一本、新今宮駅を降りてすぐという好アクセス、貧乏旅行者にとってこれ以上の条件はない。

しかし、こんなドヤ街釜ヶ崎エリアにホテルをブッ建てておいて、ホテル名に「難波南」と付けてしまうのは無理矢理過ぎるような気がしてならない。大国町あたりなら許せるが、ここは決して難波ではない。近年「梅田」「難波」に不動産人気が集中して、乱立するタワマンが梅田や難波じゃない場所にそのようなマンション名を付けているケースが多いという話は蛇足である。

ここも老舗の「ビジネスホテル来山」。早くから外国人観光客向けに舵を切っていた簡易宿泊所なので、旅行者の間では知名度が高い。こうした宿は軒並み、既に「ドヤ」と呼べるようなものではなくなっている。じゃあ、元から居た労働者のオッサンはどういう場所に泊まっているのかというと…

ボロい簡易宿泊所は軒並み「福祉アパート」に転業している

こちらの「ホテル日乃出」のような、既に老朽化してますね的な外観の、どう改装しても外国人観光客にはキツそうな店構えの簡易宿泊所が「福祉アパート」に転業して、主に高齢化した路上生活者が生活保護を受けながら暮らしているオチになっている。大阪市内から急激にホームレスが居なくなったのも、こうした転業福祉アパートが釜ヶ崎に増えだした事と無関係ではないようだ。

また外国人観光客も簡易宿泊所のボロさ具合さえ気にならなければ「ホテルアポロ」クラスの物件もごろごろとある。クーラー無しの部屋だと一泊950円。千円以下で泊まれるという点ではもはや東京・蒲田のネカフェ難民仕様漫画喫茶並み。

しかし千円を切ると環境の厳しい物件が増えてくるというのも事実。「上室800下室750」などと書かれた簡易宿泊所なんか「ドラえもんの寝床状態」となっているのは想像に難くない。

ドヤ街釜ヶ崎のある西成区は日本有数の結核蔓延地帯

外国人観光客がふらふら歩いても何の危険も感じない(そもそも海外のスラムの方がよっぽど危険だ)ここ釜ヶ崎においても、そうそう気を抜いてばかりいられない。「西成区では1年間に206人が結核を発病、36人が命を落としています!」と恐ろしい警告文とともに西成区のマスコットキャラ「スーパーポンポコジャガピーにしなりくん」が描かれている、ゆるいようでゆるくない行政のポスターがこの地域のシリアスな現実を物語っている。西成区は日本有数の結核蔓延地帯として危機感を持ってこの地域の住民に結核検診の受診を勧めている。

日本で最も危険な街?いえいえそうでもございません

南海新今宮駅のホームもアジア系外国人観光客の姿でごった返している。関空から南海電車で一本、そのまま難波にも行けるし、御堂筋線でもアクセス可能。JR線に乗れば奈良、京都、神戸へのアクセスも一時間以内。この好条件が揃った事で、釜ヶ崎は旅行者街として変貌を遂げられた。ちなみに東京の話をすると、東京有数のドヤ街「山谷」はアクセスが悪いので、ここまでの極端な変化は遂げていない。

数年前まで「シャブストリート」と呼ばれていた堺筋沿いの危険な通り沿いにも出来たシャレオツな佇まいのバックパッカーホテル「NEW WORLD INN」とうどんダイニングバー「ニューワール堂」(かすうどん推し)といい、以前お伝えした韓国生まれのインスタ蝿ソフトクリーム屋といい、これまで一昔前の大阪人なら、あそこは危険地帯だから絶対に行くなと教育されるような場所に続々と新しい店がオープンし今ではえらい変貌ぶりだ。

西成名物ホルモン焼きをたらふく食いながらお安く酔っぱらえる人気の「マルフク」も今や地元の労働者のオッサンより小綺麗な格好をした観光客の方が多くなっている。知らない人間同士が肩を寄せ合い鉄板を囲んで、こってり旨味の効いたタレに絡めた臓物とアルコールを胃袋に流し込む。釜ヶ崎の小さな店場で酒飲み達が小さな幸せを思い思いに噛み締める。

当編集部が十年前に「日本最悪のスラム」と呼んでいたはずの場所、それも十年一昔である。これから釜ヶ崎はますます変貌を続けていくのだろう。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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