【浪速区】難波のすぐ隣、女性の一人暮らしにはオススメしない街「大国町」を歩く(2011年)

大阪第二のターミナル・難波のすぐ南側にある「大国町」。隣り合う恵美須町とともに七福神の名が入ったおめでたい地名とは裏腹に人通りもなくどこか殺伐とした街である。大阪の動脈(御堂筋線)と静脈(四つ橋線)が合流する大国町駅は多くの利用者がいるにも関わらず、駅前の賑わいは皆無に等しい。

そんな大国町駅を降りて地上に上がる。目の前の大国町交差点の角にそびえるでかいテナントビルはその昔「靴のトミヤマ」だった場所。大国町は大阪市内屈指の皮革産業集積地の一角を担い、靴やカバン、ベルトといった革製品の卸問屋が集まる土地である。しかしその街のシンボルだった「靴のトミヤマ」が倒産、撤退して、跡地は怪しげな不動産会社のオフィスとなっていた。

大国町は皮革の街とは別にもう一つの顔を持っていた。風俗街としての顔である。駅前にのっけからこんな看板がある時点で推し量るべし。一時期大国町周辺のマンションを中心に違法店舗が密集、ソッチ目的で集まる血に飢えた男どもが集まる街となるが、全て違法営業店舗のため度重なる取り締まりに遭い風前の灯となっている。

今でも駅前には細々と営業中の精力剤専門薬局が店を構えており、大国町という街の性質をさりげなくアピールしている。快精薬局ってそのまんまなネーミングだな。

そんな大国町、難波徒歩圏内というアクセスの便利さの割にはワンルームマンションが多く、地方からやってくる若い単身世帯が何も知らずに引っ越してくる事が多い土地なのだが、その一方で女性の一人暮らしを狙った犯罪も多数発生するハイクライムゾーン。

2005年には塩草二丁目のマンションで姉妹2人が犠牲となる事件も発生して大きく報道された。街中に貼りつけられた浪速警察署による「深夜帰宅に警告!」の張り紙は、そんな地域の事情を如実に物語る。オートロック付きマンションでも決して安心は出来ないのだ。

なお釜ヶ崎にも近い土地柄だけあってリアカーを引いてダンボールを集めるホームレスさんの姿がやたら多かったり、よく分からないキ◯ガイも多いので昼間でも油断出来ない。敷津小学校の前に掲げられた「小便禁止」の旨を伝える看板。まるで人を犬猫レベルの目で見ているかのようだ。

しまいには小便どころか大便スルナとまで書かれた張り紙まで…この辺の住民は普段からよほど酷い目に遭っているようだ。ある意味西成以上に殺伐としている。

そんな街の片隅には大國主神社。大国町の地名の元となっている神社だ。毎年1月9日から11日は近くの今宮戎で十日戎が開催されるが、それと同時期にこの神社でも「大国まつり」が行われる。

神社の入口にはおめでたそうな大黒天の絵。だがあくまで大黒さんじゃなくて「大國さん」である。神道の大國主と密教の大黒天(マハーカーラ)が習合して出来た神様。

神社の境内。周囲は殺伐としたマンション街でしかないが、この土地だけは昔ながらの日本の情緒を残している。

大國主神社の大国さんも今宮戎のえべっさんと同じく商売繁盛の神様だが、縁結びのご利益もあるらしく境内のあちこちに「えんむすび」と書かれた看板が掲げられている。

打ち出の小槌を片手に持った大国さんの彫像。「木津の大國さん」で親しまれる。足元の米俵と左手に背負う金嚢は富の象徴だが、それにしても大国町の駅周辺の貧乏臭さは異常。神頼みでもどうにもならんのだろうか。

境内脇には木津勘助(中村勘助)之像。江戸時代に木津川を開削し木津村と呼ばれていたこの土地を開墾した人物である。寛永の飢饉の時に幕府の米蔵を無断で開け、貧民に米を分け与えたが本人は流刑にされるという人生を送った、根っからの庶民派。今の大阪に銅像が建つくらい立派な人物はそうそう出ませんけどね。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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