【西九条-九条】日本初の沈埋工法トンネル!歩行者専用海底トンネル「安治川隧道」を潜る

大阪市内の片隅に、日本国内でも珍しい川底を通る歩行者用トンネルが存在する。できたのは相当昔のこと、戦時中の昭和19(1944)年に西区九条と此花区西九条の間を流れる安治川の間に通されたトンネル「安治川隧道」だ。大阪市民の間では「安治川トンネル」と呼んだ方が馴染み深いので、本記事でもそう呼ぶことにする。

この場所は大阪湾にも近く船舶の出入りが多いため、大型船を通す必要性から橋を架けるとするなら高い橋を架ける必要があった。だが、建設された時代が戦時中真っ只中ということもあって、高い橋を架ける土木技術もなかった事もあり、空襲の標的になる橋を架けるのではなく川の下からトンネルで繋ぐという方法が取られた。日本初の沈埋工法によるトンネルは、その成立経緯から空襲の被害を受ける事もなく、で今の今までインフラが現存している。

西九条駅から徒歩4分の海底トンネル

安治川トンネルへは、JR大阪環状線および阪神なんば線「西九条駅」で降りると近い。今でこそ西九条と九条の間は、延伸に40年間も掛けてようやく繋がった新路線によって行き来しやすくなったが、それまでは長い間一本の海底トンネルでしか往来できない場所でもあった。

安治川を挟んで向かい合う西九条・九条両住民は、安治川トンネルや阪神なんば線のインフラ整備に事あるごとに「環境破壊だ」と反対しまくってきた。その結果か知らんが今になって阪神なんば線が開通し利便性が増しても住宅需要が高まるわけでもなく、相変わらず寂れた街並みを見せている大阪ベイエリアの悲哀を感じる街の一つである。

西九条駅前から阪神なんば線の高架沿いの道を300メートル程歩くと「安治川トンネル」の入口となる建物が道の突き当りにある。素人目に見てこれがトンネルの入口だとはなかなか気付きにくい。こんな道路インフラが残っている場所なんて全国的に見ても珍しい。

戦前生まれの沈埋トンネルには自動車用エレベーターまである

現在使われていない車両用エレベーターの上に「安治川隧道」と右から左に記された古びたプレートが確認できる。「昭和十九年九月十五日竣工」の表記もしっかり書かれている。まさにその時期と言えば戦時中ど真ん中である。安治川トンネルは完成から半年後、大阪は度重なる空襲の被害を受けるのである。

今では無用の長物となった自動車の通行に使っていた車両用エレベーターが2基、扉を閉めたままの状態になっている。ここは昭和52(1977)年まで使われていたが、トンネルを通過する自動車の交通量増大から排ガスなどの環境汚染が問題視されるなどして閉鎖、昭和38(1963)年に開通した安治川大橋が往来の役目を果たすようになった。

もう二度と灯る事もないエレベーターの電光サイン。実のところ安治川トンネルは交通量増大に対応すべく車両用エレベーターを閉鎖する代わりにスロープ式のトンネルを掘削する改良工事を行おうとしていたが、地元民によって環境破壊だとして反対され、計画が頓挫している。(冒頭の写真にあった西九条駅前の反対看板はその時のものであるが、現在は撤去されて無くなった模様)

車両用エレベーターは今の時代のように便利なセンサー式のものでもない。これを使うにはエレベーターの前で待機している料金係の職員に通行料を支払い、操作してもらわなければならなかった。

九条側の車両用エレベーターの上部には、通行車両に対する注意書きが記されていた看板がボロボロになりながら残っている。既に文字も大部分が掠れてしまい、まともに読む事すらできない。

阪神なんば線開通前の2006年に撮影した古い写真であるが、トンネル付近の安治川を見るとこの通り。川幅もそれほど広くはなく、トンネルの全長も80メートル程度しかない。この地下14メートルに歩行者および自転車用、車両用トンネルがそれぞれ設けられている。

元々安治川トンネルが出来る前は明治時代から「源兵衛渡し」という渡し船があった。今でも九条側には「源兵衛渡」という名前の交差点が残っている。アルファベット表記が何故か「Genpeiwatashi」なんですが、ゲンベエではなくゲンペイが正しいんですかね。

24時間年中無休で渡れる歩行者用海底トンネル

一方で、歩行者と自転車が利用できるトンネルは2018年現在もバリバリ現役で活躍している。歩行者用エレベーターが1基稼働しており、朝6時から夜12時まで通行量無料で運行している。ここは西九条・九条両住民や通勤通学の足として、未だにかなりの交通量がある地域交通の要衝だ。一日平均利用者数は約5,000人。

エレベーターの横に階段もあるが、これは24時間利用可能。夜中エレベーターが通っていなければ、この階段を使う事になるが、中には禁止されているにも関わらずチャリンコを担いで強引にこの狭い階段を登る人間もいるようだ。

以前、安治川トンネルの歩行者用エレベーターには両側に2名職員が配置され、エレベーターの操作や利用者の安全確保を行っていた。しかし大阪市の財政難を理由に、通勤客の多い朝夕を除いて昼間は無人化され、警備員1名が巡回し、トンネル内に防犯カメラを設置するよう体制が変わっている。

ほどなく地下14メートルの海底トンネルに到着。さすが、トンネル内は夏涼しく冬暖かい。夏の暑さが厳しい大阪では手軽な避暑スポットにはならないのだろうか。ただ長さ80メートルのトンネルで、通行人が中で溜まれるような気の利いたスペースは皆無である。

さらにトンネルの中は片側通行で自転車がようやくすれ違える程度の道幅しかない。もちろん中では自転車利用者もちゃんとチャリンコから降りて通行するのがマナーである。しかしトンネルを渡った先のキララ九条商店街では禁止されているにも関わらずそのままチャリで突っ走る人間ばっかりなのがさすが大阪なんですけれども。

日本中探してもなかなか他には見当たらない「歩行者用海底トンネル」、国内では山口・福岡両県にまたがる「関門トンネル人道」(有料)とか、川崎市にある「川崎港海底トンネル人道」くらいでしょうか。

ドイツのハンブルクにある歩行者用海底トンネル

余談までに、世界的貿易港として栄えたという共通点から大阪市と姉妹都市関係にあるドイツのハンブルク市にある「旧エルベトンネル」は自動車用エレベーターも併設されていて、かつて自動車も通っていた頃の安治川トンネルに非常に近い構造をしている。1911年に開通しており既に100年以上が経過している。深さ24メートル、長さは426メートルと、安治川トンネルの数倍でかい。

旧エルベトンネルは両側に歩道、中央に車道があり、人も車も同じ場所を通るが、車道の幅は2メートル未満と狭く、建設当時に「馬車の横幅に合わせて」作られたのでこうなっている。建物も内装もヨーロッパならではのゴージャスぶりで、このトンネル自体でも観光名所化しているほどであるが、さすがに安治川トンネルはこうはなりませんか…


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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