【八尾市】地下鉄谷町線が辿り着く最果ての地「八尾南」には何があるのか

大阪市営地下鉄改め「Osaka Metro」(←これいつまで経っても慣れません)全線の中で最長の路線距離、28.1キロメートル、駅数26駅を誇る「谷町線」、その両端部は大阪市外にはみ出している。その北側は守口市で、一方の南側は八尾市である。

天王寺から地下鉄谷町線に揺られる事20分、その最南端に位置するのが「八尾南駅」…こんな地の果てのような場所に大阪市民がそうそう用事があって来るものでもないロケーションだが、地図を見れば大阪市平野区からちょこっとはみ出てるだけなんですよね。駅に到着する時の入線メロディが「河内音頭」になってるのも、この駅に来なければ全く知りようもない。

大阪市が戦後最も活気づいた高度経済成長期にズンズンと延伸計画を進めていった地下鉄谷町線、その開業は昭和42(1967)年、東梅田-天王寺間の開業を皮切りに、都島、守口と北伸を続け、昭和55(1980)年になって天王寺-八尾南間へと南伸。つまりこの駅も開業してもうすぐ40年が経過しようとしている。

何もない空き地に検車場を作りたかったので置いてみました的な八尾南駅

現在の終点となった八尾南駅は八尾検車場が併設されていて、留置線に置かれた谷町線の車両がずらりと並ぶ風景が駅のホームから見られるのは地下鉄全線でもここだけ、しかも地下鉄なのに駅ホームは地上にあるという謎のプレミアム感を味わえるのが魅力である。当初は八尾南から藤井寺・富田林方面に延伸する計画もあったらしいが、採算性の面から実現はしなかった。

しかし、この八尾南駅は他のどの路線とも接続しておらず、八尾市の市街地からも全く離れた場所に建設されていてむしろ大和川を挟んだ向こうの松原市寄りである。もう一方の終点である守口市に所在する大日駅が大阪モノレールと乗り換えが出来て駅前にもご立派なイオンモールやタワマンが乱立しているのに比べるとマジで地味。駅着工時に出てきた「八尾南遺跡」の出土物のレリーフを壁に埋めるくらいしかアピールするものがない。いやー、地味!

そんな八尾南駅の改札を出て外から駅舎を眺める。四階建てのごつい佇まいのビル型駅舎であるが、気の利いたエキナカ商業施設なんてものは皆無。八尾検車場がある関係で事務所的に使われているのかも知れないが、このやる気の無さは地下鉄民営化が実現した今でも変わらず。もうちょっと何とかならんのか。

そもそも八尾南駅がわざわざ大阪市境を超えて開業した理由というのも、広大な検車場用地を自前で確保するのが難しい大阪市側の思惑と、八尾空港に隣接する何も用途のない空き地に地下鉄駅を誘致して、ついでに工業団地や住宅地も開発してしまえという八尾市の思惑が合致したという所から始まっている。

しかし八尾南駅の建設に伴う工事を進める途中で長原遺跡(大阪市側)、八尾南遺跡(八尾市側)が続々と発見され、古墳時代の竪穴式住居や水田跡や数々の出土品が姿を現したりしている。特に「朝鮮半島の影響を強く受けた韓式系の土器」といったくだりは、さすが大阪民国ですねという他ない。

昭和45(1970)年に設立されたという「大阪八尾開発事業団」が主体となって八尾空港に隣接する広大な土地に印刷関連企業や菓子製造企業が集まる工業団地や住宅地などが大規模に整備されたのが八尾南駅前の一帯となる。駅ビルも駅前ロータリーもやたらと立派だが…全然人の姿がない。

そんな八尾南駅前から近鉄八尾駅や藤井寺駅に行ける路線バスも一応ながら走っている。それでも単なる街外れでしかないこの駅をわざわざ好き好んで利用する者も少ない。八尾南駅の乗降人員は11,297人(2017年)で、大日駅の31,865人(2017年)と比較しても圧倒的に少ない。敢えて「始発で座れるのが便利」というだけでここに引っ越してくる酔狂な人間もそうそう現れない。

がらーんとした駅前に降り立つとその圧倒的な生活感の無さに寒気を覚えること請け合いの八尾南駅前だが一応ながらご立派な佇まいの「朝日生命ビル」の中に駅前唯一のコンビニ店舗である「セブンイレブン八尾南駅前店」があって駅利用者の貴重なオアシスになっている。

八尾南と言えばミキハウスである

そしてもう一つご立派な「M字」デザインの自社ビルを八尾南駅前にデーンとそびえさせているのは、全国区の子供服メーカー「ミキハウス」である。赤ちゃん本舗だのアップリカだの、ベビー用品の小売・製造等関連企業はなぜか大阪に本社がある例が見られるが、ミキハウスも本社はこちら八尾市若林町にあり「三起商行株式会社」というのが正式な企業名である。

八尾南駅前のある意味ランドマーク的存在のミキハウス本社社屋はバブル期の余韻も残る1991年に建築家の故・黒川紀章に建物の設計を依頼し総工費100億円もの巨額の費用を掛けて、世界的ブランドとして発展させるための拠点として建てられたもの。

地味過ぎる八尾南駅前でこの建物だけがやたらと豪勢であるが、軒並み日本国内の繊維産業が海外シフトで没落する中で独自の強みを持ってマーケティングを続けている。こんな立派な企業が八尾という土地にあるという事を誰も知らない。これも大阪にとっての不運。

こちらがミキハウス本店ですよと正真正銘の銘板もあり。八尾には空港と天童よしみと河内音頭くらいしか自慢出来るものがないとデタラメを申したのは誰だ。上等な子供服を作っては全国の一流百貨店やお上品そうなモールのベビー用品フロアにしっかりした店を構えている会社様ですよ。はい皆さん覚えましょう「ミキハウスの本社は八尾南」。

駅前商業施設のしょぼさに泣ける八尾南。生活しづらそう

とにかく八尾南駅は開業までの経緯が他とは違っているがために、駅前一等地は全くもって「街」として栄えている様子は皆無である。まず目の前の工業団地が一番で、そこに付随する地元民の生活に根ざした各種商業施設や住宅地は二の次、という不親切な設計のままになっている。

駅の西側にちょろっと食い物屋やテナントビルが点在する程度で、商店街を形成するほどの規模もなく、ちょっと路地に入るとこの寂しさ。駅徒歩ゼロ分でこれ。ほんま、どないせえっちゅうねん!とツッコミの一つも入れたくなる。

その裏手にようやく住民が暮らしている大型マンションが何棟か姿を現す。「コピアス八尾」「藤和ライブタウン八尾南」「クロスティ八尾南壱番館」といったマンションがある。このあたりの中古の駅チカ3LDK物件が余裕で2000万円以下で出回っている。はっきり言って穴場中の穴場である。

実はこれらのマンションを越した西側は八尾市ではなく「大阪市平野区長吉川辺」…八尾南駅前の工業団地は大阪市側にも跨って広がっている格好となる。自家用車さえあれば近畿自動車道の長原出口(南行きのみ)、大阪中央環状線にも近いので、アクセスの面だけで言えば快適と言えそうだ。

そうしたマンション群の間に、とりあえず辛うじて100円ショップのダイソーとスーパーマーケット、あとはスポーツクラブなんかが入居している商業施設が存在している。

スーパー「サンプラザ八尾南駅前店」…ここが八尾南住民にとっての数少ない貴重な食料供給スポットである。ちょっと離れたところにマルミヤセイコーという別のスーパーもあるが、とりあえず八尾南駅周辺ではその二ヶ所しかスーパーは存在しない。あとは平野区に越境して長原や出戸のイオンとかダイエーにでも行くしかないだろう。

驚愕!八尾南は八尾ですらなかった事実!八尾市若林町がその昔「松原市」だった件

大阪市境にも近く、大和川を隔てて松原市にも隣接している八尾南駅前の八尾市若林町…実は昭和39(1964)年までは歴史的経緯から松原市に属していた地域だった。江戸時代に大和川の付け替えによって流路が変わり、当時の若林地区が南北に分断されて以降「北若林」としてずっと飛び地状態になっていたのが八尾市への編入によって解消されたものだ。その証拠に現在も松原市側に同じ「若林」の地名が残っている。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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