【阪南市】紀州街道沿いにあった、歴史が潰えた幻の温泉街…「山中渓温泉」の現在

大阪市内から直線距離で50キロ以上も離れた、大阪府阪南市…JR阪和線大阪府内最南端の秘境駅「山中渓駅」の近くには、かつて昭和の時代に栄えた温泉地「山中渓温泉」があり、既に温泉旅館が全て廃業、その後は建物が荒廃し、無残な姿を晒しているという。

そんな話を聞いてやってきた訳ですが、しかし同じ大阪と言えども阪南市は遠い…阪和自動車道経由だと70キロ近くありますやん…JR山中渓駅からさらに和歌山方面へ登っていった先に、その廃れた温泉地があるそうですけれども…

大阪府最南端の地にある廃墟化した幻の温泉街

雄ノ山峠へ続く紀州街道(府道64号)の山道をずんずん登っていく。山中渓温泉はこの道の脇にひっそりと存在する小さな温泉街だったが、現在ではその温泉街があることを示す看板の類も全く見かけることはない。ひっきりなしに行き来する車も、この付近は気の利いたコンビニやドライブインの類もなく、ひたすら素通りする他ない場所だ。

この温泉街自体、JR阪和線山中渓駅が阪和電気鉄道時代に開通した昭和5(1930)年の翌年、つまり昭和6(1931)年に「ほととぎす旅館」が開業し、その後数軒の温泉旅館が続々と営業をし始め、昭和30年代前後に最も栄えていたとされる。天然鉱泉が湧く温泉地として「大阪の奥座敷」なんて呼ばれていた時代もあったそうですが…

で、今この土地で目にするのは温泉街であることを示す看板ではなく、土地所有者によって建てられた「貸土地」と書かれた立て看板である。岸和田市にある一級建築事務所のもののようだ。

この看板がある付近で、府道の脇の雑木林にじーっと目を凝らすと、その向こう側に人工的な建造物が存在することが確認できよう。これが失われた幻の温泉街か…昭和49(1974)年、阪和自動車道の開通によって、それまでの来客が和歌山方面に観光に行くようになって、次第に見捨てられた経緯があるようだ。

この建物は山中渓温泉で最も代表的な「ほととぎす旅館」のものである。当地については2005年頃までに全ての温泉旅館が廃業したとのことだが、この旅館もおおよそ放置されて10年以上経ったと思しき崩落具合を見せている。

和泉山脈にはここ山中渓温泉以外にも泉佐野市の犬鳴山温泉、和泉市の牛滝温泉など、地元民しか知らないようなローカル感溢れる温泉街がいくつも存在している。大阪にも温泉街があるんやでぇと自慢できるほどのものでもないが、近場とは言えども、都心からも遠い立地だけに見過ごされて廃れてしまったのだろうか。

よく観察すると、旅館の客室や玄関部分といった一部を府道側から視認する事ができる。しかし落葉する冬場でなければ外から見ることは難しいだろう。しかし間違っても警告看板を無視して不法侵入してはならない。

ちなみに関西から外れるが、愛知県春日井市(定光寺駅前)にある旅館「千歳楼」も2003年頃に廃業して、そのまま有名廃墟化して地元のDQN集団が肝試しだのと不法侵入しては荒らされまくっているのと共通している。

ほととぎす旅館等、山中渓温泉の建物には今も当地には心ない「廃墟探索マニア」による不法侵入が後を絶たない。現地にははっきりと「無断立入厳禁」と記された看板もあるわけでして…

ほととぎす旅館の北側からも旅館敷地を眺めることができる。こちらも同様に人の立ち入りを頑なに拒むかのようにチェーンで通せんぼされている。せっかく関西空港にも近いんだし、外国人観光客を当て込んだ温泉街として復活させようという流れにはならんのでしょうか。

この手の物件には年代と共に噂にも色々と尾びれ背びれが付いて、白骨死体が見つかったとか、自殺があったとか、そういう話が書かれたオカルト心霊系サイトもちらほら散見される。ここ山中渓温泉もまた、もはや廃れるがままに任された、鬱屈した空間でしかなかった。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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