【セゾン×糸井重里】バブル絶頂期の香りがする…80年代テイストの大型モール「つかしん」を語る【イトマン事件】

尼崎市の北部にある、JR宝塚線(福知山線)猪名寺駅に近い一画にちょっと古めかしさを感じる大型ショッピングセンターが鎮座している。その名も「グンゼタウンセンターつかしん」…バブル絶頂期だった昭和60(1985)年、セゾングループ創業者である堤清二が旗振り役として、グンゼ塚口工場跡地に地域密着型モールを設置したもので、既に30年以上の歴史がある。

周辺地域に競合となる大型モールが密集する中で、「チャリで買い物に来る地元民」をターゲットに独自の戦略を行っているせいか、やたらと施設の前に自転車が多いのが特徴である。尼崎市北部住民に加え、隣接する伊丹市からの利用者も多い。

「つかしん」と命名したのは糸井重里だぞ

コピーライターの世界―世の中、ぜんぶ広告なのだ (徳間文庫)

関西人はなんでも“ひらがな四文字”にまとめたがるのが好きなタチなんですけれども、その安直過ぎるネーミングの元もそもそもは正式名称「塚口新町開発発展都市」の略称であり、「新しい、塚口」みたいな感じでその名称を決めたのもコピーライターの糸井重里だったりするのが当時のバブル的ノリっぽい。糸井さんはここのひらがな四文字のネーミングを命名しただけでいくらギャラもらったんですかね。

ちなみに「塚口新町」というのは行政上の住居表示には存在しない地名である。(当地の所在地は尼崎市塚口本町四丁目)しかし建物の表に貼られている“ひらがな四文字”で締めたこのキャッチフレーズも、そこはかとなく「糸井的」。「し」しか合っとらんやん。

「新しい、塚口」は「なんとなく、ドイツ風」の街並みです

「つかしん」は開業当初からドイツはバイエルン州にある尼崎市の姉妹都市である「アウクスブルク」の街並みをモチーフとしたデザインが取り入れられており、そこにもバブル期の「なんだかよくわからないけどカッコ良さそうだからヨーロッパの雰囲気を取り入れよう」という安直なノリが見られる。

いかにオシャレとは到底無縁な下町・尼崎でドイツ風の非日常的空間を作り出した大型商業施設が無事に成功を収める事ができたのか、その理由も気になっていたが、ひとまず施設の中央にあるパティオを訪れると、確かにちょっとした異国情緒も漂っていなくはない。

しかしよくよくそこに入っている店を見てみると、フツーにサイゼリヤだのゲーセンだの普段の尼崎市民が好んで使うような庶民的な食い物屋かDQN御用達店ばかりしか入っていない件。つまり「非日常的空間の中に日常がある」…そういうことか。

アウクスブルクとやらの街並みを再現したといっても見ての通りのハリボテ風味なファサードが建物の外壁にしつらえられているだけというのも80年代的だし、当時は最先端でイケてたのかも知れないが、ちょっと古臭さが漂うのは隠しきれない。まあ、開業後30年も経ってるので無理もないが…

ヨーロッパの街並みを再現してオシャレにしておけば富裕層がやってきて沢山お金を落としてくれる…見てくれではそう思うのが素人考えだが、開業当時はまだしも今のつかしんは決してそのような発想で運営されているモールではない。こうして我々が見てる僅かな間でも地元のDQNなガキどもが手すりの上に乗って遊んでるし、もう見てらんない。

「ペットワールドアミーゴ」が入居する建物、昔のグンゼ工場の煉瓦建築がそのまま使われているものであるとネット上では情報が散見されたが、その作りから見てもそうであるとは思えない。昔の航空写真を見ても同じ建物が見当たりませんしね…

つかしんの敷地内にあるグンゼスポーツクラブ。グンゼの工場跡地に出来たモールなので、土地もグンゼの所有で、スポーツクラブも運営しているという事である。モールの作りも開業までの経緯も兵庫県加古川市や千葉県市川市にある日本毛織の工場跡地に出来た「ニッケパークタウン」や「ニッケコルトンプラザ」に近いものを感じる。

つかしんの黒歴史…「西武百貨店」と大物フィクサー「許永中」との“黒い関係”

だが「つかしん」が今日の繁栄を収めることができたのも、様々な紆余曲折があった末のことなのである。昭和60(1985)年の開業当初、この「つかしん」に入っていた核テナントは高槻、八尾に次ぐ西武百貨店の関西第三店舗目としてオープンした「西武百貨店つかしん店」だった。しかしこの店舗は不運にも戦後日本最大の経済事件の渦中に引きずり込まれる事となる。

開業当時はセゾングループ肝いりの商業施設だったので、そこに西武百貨店が核テナントとして入るのは当然の流れだったのだが、バブル絶頂期のノリに押されて、当時の経営元であった「株式会社西武百貨店関西」は「イトマン事件」の許永中と関わりを持つようになり、許永中との不正な絵画取引で、同店の「家庭外商三課長」福本玉樹という人物が“西武百貨店塚新店美術部”の名目で大量の鑑定評価書を偽造するなどしていた。

許永中 日本の闇を背負い続けた男 (講談社+α文庫) ドキュメント イトマン・住銀事件 住友銀行暗黒史 住友銀行秘史

当時の「西武百貨店つかしん店」はひらがな表記であり“塚新店”の漢字表記は使われていなかったこと、そして同店に美術部は存在しなかった事から、この鑑定書はすぐに偽造であると見抜けるはずのレベルだったにも関わらず、相場の数倍とも言われる法外な金額での絵画取引は成立、莫大な金が当時の住友銀行からイトマンを通じて、闇のフィクサー・許永中に流れたのである。それ故に「イトマン・住銀事件」とも言われますね。上記の通りぎょーさん関連書籍が出ておりますけれども…

イトマン事件の後、事件によるイメージの悪化から西武百貨店つかしん店は売上も上がらず、2002年に隣の伊丹市に出来た「ダイヤモンドシティ・テラス」(現在のイオン伊丹店)に客足を奪われたのが致命傷となり2004年には早々に撤退を決めて、西武百貨店関西も解散に追い込まれたのだ。この頃が「つかしん」にとっての最暗黒時代だったのかも知れない。

しかし西武撤退と同じ時期、つかしんの敷地内で温泉の発掘に成功、同じ2004年には「つかしん天然温泉湯の華廊」を開業する。源泉掛け流しの温泉施設としては関西最大級、という触れ込みで華々しく開業し、毎週末には非常に混雑する人気のスパ銭である。温泉は有馬温泉に近い茶褐色のにごり湯である。ちなみに2018年11月にさらにリニューアルオープンしており新館が増設されたり色々豪華になったらしい。

つかしん復活のキーワード「安くて何でも揃う」

で、結局現在のつかしんは度重なるリニューアルを経て、滋賀県資本の中堅スーパー「平和堂アルプラザつかしん店」が核テナントとして入居するに至っている。専門店街も特にファッション関係は圧巻の激安チェーン店揃い。「しまむら」「ユニクロ」「ジーユー」「ハニーズ」「ライトオン」…ベビー用品店も地元兵庫企業の「西松屋」としまむら系列の「バースデイ」が二店舗も入居している。100均もあるし安物買いが捗る事請け合い。やっぱり庶民の街、アマのモールはこうでないとね。

温泉施設開業後、近接するイオン伊丹店などと差別化を図るべく入居テナントを「自転車でやってくる近隣住民」向けに尼崎らしく庶民派チェーン店揃いで徹底した事が功を奏し、今では休日ともなると大量のチャリンコがつかしんの敷地内にずらりと並ぶ光景が見られる。最初から西武百貨店などこの土地には相応しくなかったのである。イトマン事件の暗黒期を経て、つかしんはあるべき姿へと進化を遂げたのである。

つかしんは飲食テナントもひたすらチープ感に満ち溢れている。つかしんのホームページを見ても分かるがひたすらコナモンと麺類とご飯物と揚げ物、肉系の店しかない件。阪急西宮ガーデンズと比べたら客単価も半額以下がデフォだな。そしてなぜか名古屋人のソウルフード「スガキヤ」まで入っている。

一階フロアの一画には「炙り牛丼と純豆腐チゲの店」なんてものが入っているあたりがマイノリティの街・尼崎らしい。こういう店があると素通りできない。オーナーは精肉店上がりだと、つかしんのホームページには書かれてましたが、現在は店の場所が変わっているようです。

そんな「萬屋」で食べる期間限定の炙り牛丼と冷麺のセット。このボリュームで750円!まあまあそれなりな感じでございますが腹一杯になれる事は間違いないのでこれでいい。それが尼崎スタイル。

しかしなぜ前の店舗のポスターがそのまま残っているのか、コリアン的感覚ではケンチャナヨ~な感じでしょうが、入っていた店が「本庄ぼっかけ食堂」という聞いた事もない店舗だったというのもまたじわじわと来るものがある。長田本庄軒と関係あるんすかねこれ。

つかしんの裏名所「斜行エレベーター」の現在

あともう一つ「つかしん」の中で忘れてはいけないのが、昭和60(1985)年の開業当時から存在する「斜行エレベーター」である。兵庫県では他にも花山東団地、西宮名塩ニュータウン、須磨パークヒルズなどにも見られるが、いずれにせよ全国的に見ても希少な斜行エレベーターである。

このエレベーターの上はつかしんの屋上部分に直通しており、屋上からは尼崎や伊丹周辺の街並みや六甲の山々も一望できる遊園地もあったそうだが、それも現在はフットサルコートに変わっており、そこに出入りする客しか利用しない。

つかしん開業当時は斜行エレベーター自体が珍しい存在であったため、このエレベーターに乗るためだけに客が1時間待ちの行列をしていた程だという。今となっては廃れた文明の利器といった佇まいしか見せていない。つかしん開業から33年という時間の長さを感じずにはいられない、タイムカプセルのような空間だ。



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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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