【姫路市】山陽飾磨駅前「ジャスコシティ名店街」の取り残されっぷりが容赦ない件

昭和がこびりつく街「兵庫県姫路市」…その代表的なものが姫路モノレールの遺構や回転展望台がある手柄山中央公園だったりするのだが、それだけに留まらないのがこの街の奥深いところ。で、今回やってきたのはJR姫路駅から南に3キロ離れた「飾磨」という地域。

山陽電鉄本線「飾磨駅」に程近い場所にある「ジャスコシティ名店街(飾磨名店街)」と称される昭和感剥き出しの商店街をたまたま訪れた。元々あった「ジャスコ飾磨店」を中心とした個人商店が密集する駅前商店街として昭和46(1971)年のジャスコ開店以来地元民の生活を支えてきた場所である。

ジャスコ飾磨店撤退後も残る昭和の激寂れ商店街

この商店街、ジャスコ飾磨店が出来た時から存在してきたようだが、ジャスコを本丸とし、個人商店群が城下町スタイルになっている造りから見てもジャスコとは一心同体の商店街だったのは明らかである。だが2006年2月20日に「ジャスコ飾磨店」は閉店、店舗機能はここから南西に1キロ離れた旧敷島紡績姫路工場跡地に1993年に開業した「ジャスコ姫路リバーシティー店」(現・イオンモール姫路リバーシティー)に集約されてしまっている。

核テナントであったジャスコが撤退して既に10年が過ぎているが、それでもこの商店街は残った個人商店だけで細々と生き長らえつつも、じわじわと廃墟化が進んでいるという香ばしい状況となっている。

そんな「飾磨名店街」の中をちょっくら見てみる事にしよう。のっけからシャッター街の嵐である。建物自体もそうだが、雨よけのテント屋根やそれを支える金属フレームもいい加減ガタが来ていて、いつ壊れてもおかしくない危うさである。

どう考えても買い物客が全く見当たらないのに自転車や自動車の駐車が多いのが気になる。やはりここに車を勝手に停めて、近くの山陽飾磨駅から電車に乗ってどこかに行く地元民が多いのだろう。

アーケードの中の店はほぼ壊滅状態

きちんとアーケードまでこしらえられた商店街の内部。「ヒロセ体育堂」というスポーツ用品店と向かいの化粧品店、それにクリーニング店、日本茶店くらいしか営業している店舗がない。

食い物屋は表のたこ焼き屋を除いてほぼ壊滅状態で、学生や地元の老人が溜まるような店すら無くなってしまっている。もはや虫の息状態であり、飾磨地域における街の中心は先述したイオンモールにシフトしてしまったと見て良い。

既に死に体となってしまった商店街から逃げ出すように他の地域に移転する店舗もあり、移転先情報が書かれた張り紙だけ残してシャッターを下ろしたままの店も見られる。

しかし生き残っている店舗も廃業してしまった店舗も、店構えの昭和っぷりがそのまんま残っていて、昭和生まれの中高年のノスタルジーを誘う事請け合い。思えばいつ無くなってもおかしくないはずの商店街だが、取り壊す金もないのでこの状態のまま続いているのかも知れない。

また商店街の名称も「飾磨名店街」と書かれているかと思いきや、こうした看板には「ジャスコシティ名店街」と書いてあるわ、名称のブレが見られるのもテキトーな感じの昭和クオリティの一端か。

ジャスコ撤退後、2012年頃まで営業していたと思われる「大衆中華はまさき」。全メニュー500円、曜日限定で餃子が200円で食える激安中華食堂も死んだ商店街の中では長続きできなかったか。

今ではそんな中華料理屋の店先に近所のクソ厨房が残していったと思しきお下品な落書きが痛々しく残る。どこの田舎もクソヤンキーどもの脳味噌はそのアルファベット三文字のワードしか思い浮かばないのか。

ジャスコ飾磨店、廃業後10年経過してもそのまんま残ってますよ

そうこうしているうちに商店街の北側に面して「ジャスコ飾磨店」だった建物が現れる。2006年の閉店後、建物は完全に解体されてはおらず、そのままの姿を残している。

四日市の岡田屋から始まった世界屈指の大手小売チェーン「ジャスコ」の名称も2011年以降全て「イオン」に変更されてしまって久しいわけですが、ジャスコ時代の面影を今なお残す貴重な遺産として旧ジャスコ飾磨店の姿を是非とも目に焼き付けておきましょう。

使われなくなった買い物カートから営業時間やフロア案内の掲示物まで閉店当時のものがそのまんま放置プレイである。なんとも荒廃した空間でございますがそりゃヤンキーも湧くか。

「34年間のご愛顧誠にありがとうございました」と書かれた張り紙もそのまんま。

今度はアーケードの外に出て、ジャスコシティ名店街の建物を裏側から見る。70年代に建てられた商店街だけあって年季を感じさせる造りだ。これもまた姫路市の昭和遺産か。

しかし何故か知らんが「ジャスコ飾磨店」の建物は中途半端に解体されているだけで、依然建物の一部は残ったままで、遺跡のようにその場に佇んでいる。航空写真で見ても、建物の中心部分だけが取り壊されているが外周部が残っていて、工事が止まっている模様。どういう事でしょうね…


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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