【京都市】“てるくはのる”事件の舞台…伏見区「向島ニュータウン」を歩く

1999年12月、京都市伏見区にある日野小学校の校庭で起きた「京都小学生殺害事件」。小学校の校庭で遊んでいただけの、行きずりの小学生が突然犠牲となった点や、事件現場から犯人が書いた“声明文”が出た点から、この2年前に起きた「神戸連続児童殺傷事件」の再来だとお茶の間でひどく騒がれた。声明文にあった“私を識別する記号 てるくはのる”と書かれた一文から「てるくはのる事件」とも称される事件だ。

当時21歳だったこの事件の犯人は、翌2000年2月、同人が居住していた同じ伏見区にある「向島ニュータウン」内において、警察からの事情聴取中に任意同行を拒否し逃走の末、団地の上から飛び降り自殺してしまった。 向島(むかいじま)とは近鉄京都線で京都駅からも約20分近く掛かる、京都市最南端に位置する地域だ。

当方も「てるくはのる事件」報道をリアルタイムで経験していた世代なので当時の騒がれっぷりが記憶によく残っているのだが、あまりに「酒鬼薔薇聖斗」のキャラが強すぎるせいか、こっちの犯人がすぐに自殺して亡き存在となった為か、どうも忘れ去られた感が強い。この事件も今年2019年で発生から20年が経つ事になる。現場はどのような街なのだろう。気になって訪れたのだが…

この向島地域、一応は京都市伏見区に所在しているのだが、京都市の本体からは宇治川を隔てた対岸側にあり、その地名通りの“町外れ”っぷりもいいところである。駅の裏手にはだだっ広い農地が広がり、やたらと土地が余っていることを示している。京都市周辺では最大級の耕作地帯である。

現在の京都市伏見区および宇治市・久御山町との境に広がっていた巨椋池から分断された「二の丸池」が干拓されて出来た低湿地帯に、昭和の高度経済成長期に続々と高層住宅が立ち並ぶ新興住宅街「向島ニュータウン」が作り上げられたのだ。

近鉄京都線の向島駅も、向島ニュータウンが昭和52(1977)年に街開きして間もない昭和54(1979)年に後付け的に新設開業した駅となっている。かなり大規模な団地で利用者も多いはずだが、急行は素通り、準急と普通電車しか止まらず、なんだか冷遇されてしまっている。

あまり評判がよろしくない「向島ニュータウン」

近鉄向島駅の東側一帯の広大な土地に作られた「向島ニュータウン」。第1街区~第11街区に分けられ、完成当時は約6800戸、人口約22,500人を数える大型団地だったが、今では人口も減少し約13,500人程度である。

その一部は第4街区のような例外的なニコイチの2階建てテラスハウスを除けば公団住宅や市公社の分譲住宅となっているものの、その大多数は市営住宅となっている。ほとんどが高層の大型棟で、人口密度も高い。駅に近い側の第2街区と第3街区だけは分譲なのだが、築年数も進んでいるため中古物件は1000万円を切る。

昭和の高度経済成長期に建てられたニュータウンらしい、整然とした街並みを見せてはいるが、この「向島ニュータウン」をネット上で調べるとどうも治安の悪さを指摘するような不穏な情報が多い。たまたま“てるくはのる事件”の犯人が住んでいたからとか、単にそれだけの理由ではない。

向島ニュータウンの評判がよろしくないのは、やはりニュータウン内の高層団地における市営住宅の割合の高さが原因にあろう。街区別にこの団地を見ると「第1街区」「第5街区」「第8~11街区」が全て市営住宅、“てるくはのる”が飛び降り自殺をした住居棟がある「第6街区」は公団…すなわちUR賃貸住宅である。

巨大団地を南北に貫く国道24号沿いには多くのロードサイド店舗が営業していて団地住民の衣食住を支えている格好である。「ベルファ宇治」という客層の微妙そうなショッピングモールもあるが、ここいらは道一本隔てて宇治市に入るという市境沿いの街でもあるのだ。なお、URの団地である「グリーンタウン槇島」というのも向島ニュータウンに隣り合っているが、これも宇治市だ。

路線バスも団地をかすめる形で走っているが、なぜに奈良交通…どうやら近鉄京都線の前身となる「奈良電気鉄道」のバス部門として、同社の京都営業所が今の今まで残っているかららしい。宇治市や京田辺市等、京都府南部の一部地域は奈良交通の路線バスが走っている。まあ、ここいらは実質的に奈良の属国扱いみたいなもんですか。

全くもってオールド感しか漂っていない「向島ニュータウン」のネオン看板が国道沿いの交差点角にそびえ立っている。既に街開きから40年近くが過ぎているわけで、団地内はさぞかし高齢化が進んでいるのだろう。さて…

昭和なオーラが漂う向島ニュータウン内商店街

向島ニュータウンのほぼ中心地域にあたる国道24号沿いの一画には団地住民向けの商店街「向島ニュータウンショッピングセンター」もこしらえられている。しかしこの町外れの一帯では自家用車保有率も高く、今どきの住民にとっては車でサクっと行けるショッピングモールの方がウケが良いのだろう。鄙びた空間という他ない。

昔はそれなりに繁盛していたであろう団地の商店街も、今では車を保有できない低所得者層や他に行き場もない高齢者が買い物しているのみであろう。 団地内も広いのでチャリンコ利用がデフォである。これでも人口密度の高さから商店街も寂れすぎずになんとかやれている模様。

昭和感全開の佇まいで元気にやっている喫茶店なんかもあるんですが、いまの高齢者世帯が居なくなるとこのへんの店もどうなってしまうのだろうか。詳しくは別の機会に触れるが、実のところ近年この団地も中国人世帯が増えている。そのうち中華食材店とかできるかもな。

団地にはありがちな、やたらと惣菜類を豊富に扱っていそうな土着の生鮮食料品店もあり。夫婦共働きが当たり前な世帯が多い団地ライフでは欠かせない、庶民の暮らしの味方。

ビンボーでも腹一杯食えるのがお好み焼き、焼きそば、たこ焼き、唐揚げといった粉物揚げ物コンビ。もちろんこの商店街にもお安くコナモンが買えるお店もあります。何かと反目し合う京阪神だが、貧困層に限ってはみんな仲良くこういうものを食っているのは変わりません。

生活感プンコラ漂う「本日の市場案内」掲示板。今日の惣菜は何にしよかなあって、団地住まいの主婦が目ざとく穴が空くほどチェックしまくっているのでしょうか、ようわかりませんけれども。

おまけに商店街の外れで軽ワゴン車で乗り付けてきて「ポン菓子」を即興で作り始める爺さんまでいる始末。こんな昔懐かしいご商売、平成の終わりに現役でやってる方がおられるのが京都の奥深さドスね。最後に見たのは何十年前の話だよ。

商店街に向き合う広場の片隅にある電柱には、ブラック金融業者が貼り付けたいかにもな張り紙がベタっと残されていた。ああ、こんなところにも容赦なく貧困層を食い潰す魔の手が…“年中無休・即日配達 各種受給の方もOK!!”だそうです。今更ですが、こんなところで金を借りる方々って…

「てるくはのる」が暮らした向島ニュータウン

この向島ニュータウンショッピングセンターの中核店舗であるスーパー「近商ストア」などが入居する建物の真向かいにある第6街区2号棟(UR賃貸住宅)こそが、「京都小学生殺害事件」の犯人である岡村浩昌(浪人生、当時21歳)が警察からの任意同行の要請を振り切り、逃走の上飛び降り自殺を遂げた場所だ。

報道されていた岡村の自宅住所「向島清水町」を辿ると、同じ向島ニュータウンの最も東の端にある第11街区にあたり、このうちの6号棟の一室に自宅があったという。似たような佇まいの団地ばかりだが、一応ながら訪ねてみると、ここも低所得者層が暮らす市営住宅だった。

岡村の一家は当初、凶行を犯した同区内の日野小学校に近い地域に住んでいたが、小学校3年生でこの場所に引っ越し、向島ニュータウン内の校区の小中学校を卒業している。思春期の頃にはいじめを受けていたり、高校進学受験に失敗したりという経験が学校への恨みを募らせるきっかけになったとされるが、早々に本人が死んでしまって、事件の真相は闇に葬られたままだ。

聞け、“てるくはのる”よ

事件後、被害者となった当時小学2年生の男子児童の両親は一冊の本を出版している。あの神戸の事件と比べるとすっかり人々の記憶からは薄れているが、事件発生から犯人の自殺までの1ヶ月半の間、テレビ等のメディアでは“てるくはのる”の犯人探しに躍起になるあまり、スーパーファミコンのゲームソフトとして発売された、事件とは全然無関係な「ドラゴンクエストVI」まで槍玉に挙げられ、犯人はドラクエ好きのオタクだとか間抜けな推理をしていた方がいましたが、誰でしたっけね。「酒鬼薔薇聖斗」に次いでこの事件からも20年近く経つが、そういった事ばかりよく憶えている。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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