【盲腸線の旅】阪急甲陽線の終着駅・西宮市「甲陽園」で降りると何があるのか

梅田から十三、尼崎、西宮、芦屋を経て神戸三宮までを走る「阪急神戸線」の途中区間には枝分かれして伸びるサブ路線がいくつもある。塚口から出ている阪急伊丹線、西宮北口で交わる阪急今津線、そしてもうひとつが夙川からちょろっと盲腸のように伸びている「阪急甲陽線」である。

この阪急甲陽線は夙川、苦楽園口、甲陽園のたった3駅2.2キロの区間を結ぶローカル線となっているが、この沿線は西宮市屈指の高級住宅街に暮らす住民の足ともなっているため、電車に乗るだけで客層とか雰囲気が全く異なっている。夙川を出た三両編成のマルーンカラー車両は終点「甲陽園」でドン突きとなる。

宝塚と同じく遊園地や温泉のある歓楽街だった甲陽園

戦前期、当地は「阪神間モダニズム」の勃興の最中にあり「カルバス温泉」「甲陽公園」をはじめとした一大歓楽地が形成されていたというが、それらは昭和の初めには昭和恐慌の影響などでめっきり衰退し、戦後には住宅街として発展してきた、という地域である。そう言えば宝塚も昔そんな感じでしたよね。宝塚ファミリーランドや宝塚大温泉があった時代を知る人間はもはや中年以上のオッサンである。

阪急甲陽線もそうした歓楽地の足として当初は建設されたものだったというが、ライバル会社の阪神電鉄子会社の乗合トロリーバスの運行計画に対抗するため予定外で建てたというのがそもそもの経緯のようだ。大正時代に本庄京三郎なる人物が「甲陽土地」を設立し当地に住宅街を開発したのが最初で、この会社の名前がそのまま地名として根付いており、駅東側一帯には甲陽園本庄町という地名も存在する。

大正13(1924)年に開業したという、非常に歴史の古い甲陽園駅の駅舎は昔ながらの木造の簡素な佇まいをしている。競合するJR神戸線が2007年に「さくら夙川駅」を開業させた事に対抗して、阪急は夙川駅に特急を停めるダイヤ改正を行った結果、阪急甲陽線沿線から都心へのアクセス時間が短縮され利便性が高まっている。

かつて甲陽園が温泉施設や旅館が立ち並ぶ行楽地として栄えていたというのも戦前のお話なので、どこを見回してもそうした風情は感じられる事もない。夙川も苦楽園口もそうだが、駅前の商店街もやたら横文字の書かれたスイーツなお店や喫茶店か、学習塾みたいな堅物なテナントしか入っていない。

阪神間モダニズムの華開くおセレブ様タウンでございますザマスよ

甲陽園駅の真ん前には阪神間のお上品エリアには滅法多い高級スーパー「いかりスーパー」の店舗もあっておセレブ様住民の買い物需要に応えている他…

阪急沿線らしく系列のスーパー「阪急オアシス」の小綺麗な佇まいな店舗も鎮座している。首都圏で見られるような東急電鉄の自社で全て囲い込むような田園都市線的な沿線開発やその戦略は、やはりこの阪急のやり方がお手本になっている事が裏付けられる。日本の東西私鉄の雄として「西の小林・東の五島」だなんて呼ばれてましたしね。

傍目から見たらこんな山の上なんかに家を建てて不便極まりないだろう…と思ってしまうのだが、阪神間モダニズムという文化において「山の上の豪邸」は関西人におけるステータスであり、そこでの生活を不便だと想像するのは自転車しか持ってないビンボー人の発想でしかない。みんな高級外車やハイヤーなんぞで優雅に重役出勤してるんでしょうかね。

しかし足元を見るとこんな所にまで焼肉屋があったりするのが関西ならではのご愛嬌でしょうか。甲陽園も苦楽園口も駅に近い一画は高級住宅街でもなんでもありませんのでご注意下さいませ。ガチセレブは庶民がおいそれと気軽に近づけない場所にこそ暮らしている。

駅前からのメインストリートとなる「甲陽園通り」沿いもそれほど通行人の姿も多くなく、阪急甲陽線という盲腸線の終点ならではの、どこかゆったりとした時間が流れているのである。乗り換えの手間は生じるが梅田や三宮まで30分以内で出られる場所でこの住環境であれば、確かに人気が出るのも分からなくもない。

「西宮七園」のうちの一つである甲陽園地域は西宮市北部の旧塩瀬村・山口村に属する区域を除けば、西宮市街地で最北部にある住宅地となる。甲山の麓に広がる甲陽園の住宅地は最も山手側にある目神山町に豪邸街が連なる。

阪神間モダニズムの時代から開花するおセレブ様文化の一端である洋菓子文化の拠点も甲陽園にあり。超有名なパティスリー「ツマガリ」でございますザマスね。店舗とは別に研究所とやらがあり日々スイーツの研究に余念が無いようである。

駅近くのこのへんにも上品そうな大型マンションが点在している。首都圏のボッタクリ人気住宅地と比べても、中古物件ならサラリーマンの手の届く金で買えそうなものが多い。

さらに甲陽園通りを進んでいくと「アルス甲陽園」という綺麗目なマンションが。ここは築20年未満で4LDK、約88㎡の中古物件が3580万で売りに出されている。しかも管理は安心の「三井不動産」である。

その先の「クオリス甲陽園」も築12年で3LDK、約85㎡の中古物件が3780万円、「サンラトール甲陽園」も築20年未満で3LDK、約64㎡の一室が賃貸で96000円+管理費9000円。首都圏の人気住宅地のバカ高さを思えば、関西では良心的な価格でおセレブ様タウンに住めるんですね。吉祥寺あたりじゃこの1.5倍近い金を払ってようやく築40年オーバーのボロマンションに住めるレベルだ。

そんな甲陽園通り沿いにも珍しく独身向けマンションがあるな…と思ったら大和証券の社員寮だったというオチである。DQN地域にはパチンコ屋とサラ金会社が集まるものだが、おセレブ様地域にやってくるのは優良な顧客を相手にする証券会社である。

ただ、ちょっと脇道に外れたりすると谷底の不安定そうな土地沿いにはビミョーな佇まいのワンルームアパートなんかも点在していて、住む場所は事前に調べてよく吟味する必要はありそうだ。もっともここらへんだと場所柄、普通に学生なんかが住んでいる事が多いのだろう。

どこからどう見ても綺麗どころしか目につかないので滅法ツッコミどころを探すのに困るのが貧民育ちの我々取材班の悩ましいところだ。ああ、ここから上に登っていくと甲陽園の最高級エリアである目神山町になりますかね。芦屋市六麓荘町同様、気軽に近づける場所ではない。もはや「登山」の覚悟が必要だ。

セレブタウン甲陽園にもあった黒歴史!戦時中に作られた地下壕群

夙川に苦楽園口、それに甲陽園と、ずーっと金持ち地域ばかり見ていて途中で飽きてきそうになるが、簡単に退屈にはさせてくれないのが関西クオリティ。甲陽園通り沿いにある「日之出町桜公園」というちっぽけな児童公園に気になる立て札が掲げられていた。

そこには、この甲陽園地域一帯に戦時中の一時期、戦闘機「紫電改」を製造するための軍用地下施設が突貫工事で作られたという、なんとも陰気臭い歴史が記されていたのであった。甲陽園駅前の1号壕をはじめ、7号壕までの位置関係が記された図や、当時の朝鮮人労働者によって壕内の壁に書かれたとされる「朝鮮國獨立」の字などの写真も掲示されているのだ。

この手の軍用地下壕、長野の松代大本営跡だとか埼玉の吉見百穴だとか、関西では高槻市のタチソだとか、全国にかなりの数存在しているものである。一部では強制連行があっただのどうだの主張される事案ですが、ところでなんでこんなに泥まみれで汚れまくっているんですかこの看板。イタズラでもされたのだろうか。

ちなみに地下壕は風化した花崗岩で出来ている性質から崩れやすく危険との理由で、西宮市によって埋め戻されてしまっている。これらの姿ももはや映像でしか見る事はかなわない。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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