【高潮被害】台風21号のせいで開港記念日に試練に立たされた「関西国際空港」を語る【連絡橋破壊】

2018年9月4日、関西一円を容赦なく襲った「台風21号」。その爪痕がそこかしこに現れる中、日本を代表する国際空港の一つ「関西国際空港」もまたその被害を受けていた。空港島と本土を唯一結ぶ連絡橋にタンカーが衝突し橋が破損、深刻な高潮被害によって滑走路が海中に沈み使用不能に。

空路も陸路も絶たれ空港に取り残された3000人超の旅行客、その他大勢の職員・関係者は宿泊先も確保できず空港のベンチや床で一夜を明かす羽目に…空港内のコンビニでは食料の買い占めが起きており、そのままリアルサバゲー状態に突入…というような想像まで巡らせてしまうのは些か不謹慎だが、ともかく関西国際空港は開港以来初めての大きな試練に立たされている。

開港記念日に高潮被害とタンカー衝突で空港島が孤立

国内外を問わず多くの旅行者に馴染み深い存在となった「関西国際空港」が一体どのような場所に建っているのかをおさらいしよう。大阪府南部の泉南地域にありタオルの街として知られる泉佐野市、泉南郡田尻町、泉南市の沖合約5キロの位置に作られた人工島の上に作られた国際空港で、空港島の土地は陸側の二市一町の境界線がそのまま持ち込まれ「泉佐野市泉州空港北」「田尻町泉州空港中」「泉南市泉州空港南」に三等分されている。

関西国際空港以外にも海上に作られた空港というのは、他にも愛知県の中部国際空港、神戸市の神戸空港、福岡県の北九州空港といった場所があるが、陸地から沖合の人工島までの距離がダントツに長いのが関西国際空港である。対岸のりんくう公園あたりから関西空港島を眺めると、相当な距離があることが把握できる。

関西国際空港の滑走路は標準海面からの高さが5メートルの護岸に囲まれており、津波や高潮の被害は予めある程度想定された設計になっていたようだが、この高さを超える高潮被害は「想定外」だった。この台風21号によって海上空港の運用リスクが露呈してしまった形となる。

空港島と本土の間を唯一結ぶ全長3,750メートルの「関西国際空港連絡橋」。この橋げたに大型タンカーが台風に煽られ流された末に衝突したせいで橋げたが大きくズレてしまい、車も電車も通行不可能になってしまっている。連絡橋は事前に通行止めになっていたので、人的な被害が一切無かったのが不幸中の幸いである。

東京湾アクアラインと並んで「20世紀最後の大型公共事業」とも呼ばれる関西国際空港と、関空連絡橋。一期工事のみでも1兆5千億円というとんでもない巨額の総工費となったのは、数々の利権が絡んだ結果であるとも言われる。この金がどこへどう流れていったのかを想像するだけでもドキドキしちゃいそうなのですが、まあそれはあまり言わないでおきましょう。

現在、空港島に取り残されている旅行客は神戸空港行きの高速船で移動するなどして徐々に避難が始まっている。これから旅行に行こうとしていた人々、関西観光を楽しみに来たはずの外国人観光客も皆一様に悲惨な思いをしたようだ。

空港の復旧は未だ目処も立たないようだが、空港の閉鎖が長引くとせっかくインバウンド景気に湧いていた関西の商売人達にも冷水を浴びせる事となる。よりにもよって1994年9月4日の開港より24年目の記念日という節目に、ドエライ目に遭いましたね…

国内屈指のバブル遺産・関西国際空港の苦悩

今でこそ成田・羽田に次ぐ国内屈指の国際空港として発展した関西国際空港だが、かつてバブル期に莫大な公金が投じられ造成された挙げ句、1兆3000億円もの巨額の負債を抱え、経営破綻の危機を迎えるという苦難の歴史を辿ってきている。当初の運営者である関西国際空港株式会社(第三セクター)は伊丹空港を運営する別会社と2012年に合併し新会社を設立、運営を一体化するなどして経営改善に乗り出している。

まだ関西が外国人観光客訪問ラッシュに湧く前、2005年某日に関西国際空港を訪れた事がある。莫大な赤字垂れ流し状態で経営破綻の可能性が報じられ、着陸料の値下げなどの対策が図られた時期だった。当時空港島は一期目のみで滑走路は一つしかなく、鉄道駅から第1ターミナルビルの反対側にある「エアロプラザ」も閑古鳥が鳴く悲惨な状態だった。

在りし日のエアロプラザ内。1995年6月に開業した当時は高島屋が中核テナントとして入っていたが、駅と第1ターミナルを移動する人々の動線外にあった事から客足が伸びず赤字続きのまま2004年3月末日に閉店。跡地はいつぞやのピエリ守山を彷彿とさせるガラガラぶりで、同じくお役所仕事の第三セクターならではの杜撰経営でお馴染み、大阪市の赤字遺産である「ATC・ITM棟」や「オスカードリーム」と肩を並べる存在でもあった。

悪しき第三セクター運営から脱却後、新空港会社に経営が変わってからはすっかりシャレオツで意識の高い飲食店街や各種商店が充実し始め、梅田や難波の賑やかな地下街を歩いているような錯覚に陥るほど繁盛しまくっている。一時期の絶望的に寒々しい時代のターミナルビルを知っているだけに、この変化は大したものだと感じている。それだけに今回の空港島の笑えない被害状況はショックである。

飛行機ヲタ御用達「関空展望ホール」もありますが閉鎖されてます

あと、第1ターミナルから無料送迎バスで行く事ができる「関空展望ホール スカイビュー」は穴場中の穴場。飛行機待ちの暇な旅行者や子連れのご家族、飛行機ヲタの皆様方には定評のある施設だ。入場料も無料。

本格的なフライトシミュレーターがあったりなんぞして、今日みたいな空港が閉鎖されて中の客が暇でしょうがない時にこそ空いていて欲しかったのだが、不幸にもターミナルビルから離れている立地条件が災いして、ここもずっと閉鎖されたままになっているらしい。泣けるな…

関西国際空港のある空港島がどのようにして作られたのかといったものが各種ジオラマや漫画などで逐一説明されている。特に男の子のお子様連れにはウケが良さそうな展示ばかり。その割にはあまり知られていない施設である。小さな子供向けのキッズスペースもずっと無人状態。

その他、在りし日の「私のしごと館」を彷彿とさせる空港職員のオフィス再現コーナーなんぞあったりしてやたらと作り込まれている件。こんな展示施設は成田にも羽田にもありませんよ。正直凄いわ。

もちろん本物の航空機の機内設備を再現したブースまであり、飛行機ヲタは大喜び。空港で足止めを食らっている方々もここが開放されていれば多少は気が紛れそうなんですが、そうはいかないんすかね。

関西空港島は開港後四半世紀で4メートルも地盤沈下

ちなみにこの関空島、水深18~24メートルもの海中に無理矢理人工地盤を形成して建てられたという、日本国内でも他に例のない人工島となっている。いくら周囲を固めたとしても毎年のように進む地盤沈下は回避できない。そのため空港島全体のジャッキアップや護岸のかさ上げ工事が抜かりなく続けられているが、1994年の開港以来の24年間で空港島は平均3~4メートル沈下しているという。24時間運用をしているハブ空港の安全を守るのは並大抵の対策では済まないのだ。

それにしてもマジで誰も居ないんですが、どないなってまんねん、関空展望ホール。今日明日は見れそうにありませんが、是非とも再開の暁には行ってみてください。

空港島ばかりではない、壮絶なバブル遺産の宝庫「りんくうタウン」

バブル期に莫大な費用を投じて整備されたのは空港島やその上の空港施設、連絡橋ばかりではない。対岸の泉佐野市には、大阪市のバブルの塔「WTCコスモタワー」(現・大阪府咲洲庁舎)と対を成すかの如く“大阪府のバブルの塔”として巨額赤字垂れ流し状態だった「りんくうゲートタワービル」をはじめとした副都心「りんくうタウン」を代表的に様々な公共工事が相次いで行われ、地元の泉佐野市の財政に未だ重い負担を強いている。

りんくうタウンから関空島を眺められる浜辺に出ると、そこは辺り一面真っ白な玉砂利で覆われた「マーブルビーチ」なる全長900メートルほどの人工海岸となっている。玉砂利とは言うけれども、これ全部「大理石」だそうで、何ともバブル遺産過ぎてぐうの音も出ない。色々とツッコミどころが多いので紹介したいが、長くなりそうなのでまた次回。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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