だんじりと毛布の街「泉大津市若宮町」の半世紀前にトリップしそうな長屋の路地

大阪・難波から南海本線の急行電車で約20分の位置にある泉大津駅前にやってきた。だんじりの街で有名な岸和田の手前にある街だが、そう言えばこれまで全く訪れた事もなかった地域である。

今回、この泉大津駅付近にあるロシア兵墓地を見に来る事が一つの目的であったが、この街自体を見に来た事もなかった。ガラの悪いとされる泉州地域の中でも割と教育熱が高い街らしく、再開発された駅東口は近代的な商業ビルが立ち並び、パチンコ屋が一軒もなかったりする。(西口にはあるんですが)

まずは西口側に出る。こっちの方が旧市街地寄りで、駅前の一画はマンション建設が進んでいる。ベッドタウンとしての需要もそこそこあるようだ。南海本線は岸和田を筆頭にアクの強い街ばかりで、他地域からの転勤族が馴染めるような街は少ない。その中でもまだマシなのが泉大津、といった認識だろうか。でも、従業員を「つまようじボウガン」で攻撃するリンチ事件を起こす焼肉屋のDQN店主がいるような街ですから、やっぱり泉大津はガラが良い街とは言えません。

だんじりと毛布の街・泉大津の昭和な街並み

駅西口から少し歩くと、紀州街道沿いの道にすっかり寂れた風情が出ている「中央商店街」が現れる。綺麗な全蓋式アーケードで覆われているが、さっぱり時代の波に取り残されている。大阪市内ならまだしも、泉州地域ではどこもこんな感じの商店街が多い。

商店街の入口の真向かいにはこの地域の総鎮守である「大津神社」がある。明治末期に周辺の四社を合祀し改称されたとあり、それまでは若宮八幡と称していた、とある。このへんの地名が「若宮町」なのはそのためであろう。

大津神社の隣の区画からちょっとした盛り場っぽい一画が現れる。完全に地元民しか来ないような小さな盛り場でしかないが、どこか昭和のギラギラ感が残る、そんな空間である。

普通にチェーン系の鳥貴族なんかが入っている飲食系テナントビルの壁が圧巻である。そこには泉大津名物のだんじり祭の様子を移したオラオラ感溢れる沢山の写真が誇らしげに壁いっぱいに張り出されている。だんじり祭は岸和田だけに限らず泉州地域ではどこでも行われる。こうした土着文化に馴染めないのなら余所者が腰を据えて住む事はできない。

そこからさほど離れていない場所にガツーンと一軒だけ古びた工場が鎮座しているのが見える。泉大津市における地場産業である毛布や織物を扱う染色整理加工業で創業120年の歴史を誇る「藤井若宮製絨株式会社」の工場である。だが、工場はすっかり静まり返っていて、それらしき活気のほどは窺えない。

ひたすら土地の歴史を物語るようにそびえる藤井若宮製絨の大煙突。全国屈指の染色工場集積地である愛知県一宮市にある藤井製絨の子会社だが、しかしこうした工業製品は安価な海外製にシェアを押されているのが常、2006年に一度倒産しており、民事再生手続きを経て現在も細々と操業中。

藤井若宮製絨の大煙突の真下に広がる長屋の路地

煙を吐き出して音を立てるまでもない古びた染色工場の煙突を臨む、その麓の一帯にはびっしりと長屋が連なる路地裏の街並みが残っている。それはこの街の地場産業として地域に富をもたらした染色工場という本丸と対をなす城下町のようにも見える。

周囲一帯は旧市街地らしく大人しい街並みを保っているが、この一帯だけがやけに古ぼけた平屋の長屋がずらりと連なる、まるで昭和30年代あたりの、まだ貧しかった頃の日本の庶民が暮らす原風景のような場所が残っている。驚いた。

まだ結構な数の世帯がこの長屋で暮らしているようだが、その一部はこの通り、見るも無残な廃墟と化している箇所が見られる。沢山の家財やガラクタ、自転車などが捨てられたままであり管理状態も無きに等しい。

そんな廃墟化した住宅の隙間からニョキニョキと伸びる樹木の逞しさよ。この一帯の染色工場がかつて活気で溢れていた頃、仕事を求めて他の地方から流れてきた人々を受け入れた住宅の成れの果てであろうか。北海道で言うところの夕張あたりの炭鉱住宅を彷彿とさせる、この寂寥感。

それこそ目の前に、黄色いハンカチを並べて立てて洗濯物を片付けながら高倉健の帰りを待っている倍賞千恵子でも居そうな長屋の路地である。ここの住民も今では恐らく高齢者ばかりなんだろうな。

一部、長屋の住宅が解体されて内部の土壁が剥き出しになっているお宅もある。ガレージにでも転用していたのだろうかね。

地域の集会場のような体裁の建物も見受けられたが、現在まで使われている様子がなく、代わりに猫除けのつもりで置いているらしい水入りペットボトルがずらりと並べられていた。建物の作りからして、もしかすると戦前から存在していたものかも知れない。

住民の生活の息吹も感じられない空間となってしまった長屋の路地をとぼとぼと歩いていると…

そこには我が物顔で寛ぐ野良猫の皆様方がおられました。さぞかし猫にとっては生活しやすい場所になっているのかも知れない。さっきから水を入れたペットボトルを置きまくってるけど、これって本当に意味がないから。

半世紀前にトリップしそうな古ぼけた長屋の路地が奇跡的に残る区画も、そのすぐ東側はマンション建設用地として既に更地化してしまっている。数年前まではこの区画にも同じような長屋の街並みが残っていたようだが、それが無くなってしまった。泉大津市若宮町にある昭和の街並みも、そろそろ見納めの時が近づいているのかも知れない。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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