【伊丹市】大阪空港に隣接する在日コリアン不法占拠地域「中村地区」は現在どうなっているのか

日本各地には戦後のドサクサで生まれた不法占拠スラムがいくつもあり、問題が長い間解決されないまま引きずっている。例えば京都府宇治市にある有名な「ウトロ地区」なんかもそうだが、もう一ヶ所、大阪国際空港(伊丹空港)の真隣にもそういう場所が存在していた。

それが兵庫県伊丹市に属する「中村地区」という場所である。ここは戦前の昭和15(1940)年、今の大阪国際空港の前身となる大阪第二飛行場が軍用化に向けた拡張工事を行う際、朝鮮半島からの労働者が集まる飯場が建設され、それが戦後になっても帰国せず当地に残った朝鮮人労働者やその家族が近年まで空港の土地を”不法占拠”する形で暮らしていた、という歴史を持つ。

戦後64年間、空港の隣に放置され続けてきた不法占拠スラム

日本第二の都市・大阪の空の玄関口として今なお現役である大阪国際空港のすぐ隣にある中村地区。現地に行けば分かるが、空港の滑走路はすぐ目と鼻の先。中村地区のすぐ北側にある「エアフロントオアシス下河原」という公園に行けば、まさに離陸したばかりの飛行機が頭上を掠めて飛んでいく風景が見られる。

どでかい飛行機が頻繁に離陸する、その真下に人が住む集落があるという事がどのようなものなのか、なかなか想像に及ばないが、頻繁に飛行機の轟音に晒される事だけは確かで、そんな場所がまともな住宅地になるはずもなく、世界中見回しても空港のそばというのはスラムになりやすい。

当方にとって中村地区へは2007年に足を運んだのが始まりである。この当時はまだ不法占拠スラムが生々しく形を留めていた。市街地からも遠く隔離された立地で、住民の動線となる主要な道路は猪名川沿いにある一本道だけ。集落内は路地がぐちゃぐちゃでアスファルトの舗装状態も悪く、戸建て住宅がてんでんばらばらに密集していて、まるで川崎池上町の通称「群電前」を彷彿とさせる光景だった。

中村地区は最盛期には人口千人を超える一大不法占拠スラムとしてあらゆる有象無象の吹き溜まりにもなり、地区内にはリサイクル工場なんぞがひしめくガチな光景が見られた場所でもあった。当然、その人口の大半は在日コリアンである。昔は養豚や密造酒の製造も行われていたといい、近隣地域に住む子供なんかは親に「あそこには行ってはいけない」と言われるような場所の一つだったのだ。

生きられた法の社会学

中村地区やその住民にスポットを当てた書籍「生きられた法の社会学」によれば、伊丹市中村は「約150世帯400人の在日の人びとが暮らす、日本最大規模の不法占拠地域である」と触れている。どうやら日本最大規模らしい。川崎池上町の方が多いかと思ってましたが、民団新聞の記事にある「解放(終戦)直後」に「200世帯1000人」というのが恐らく最盛期の数字で、移転補償決定前の人口が400人にまで減ったという見方をするべきか。

(出典:国土地理院ウェブサイト)

国土地理院ウェブサイトで閲覧可能な昭和54(1979)年当時の中村地区の様子を見ると、この地域がどのような立地条件なのかひと目で分かる。マジで空港の滑走路の真横なのである。不法占拠である事を理由に長年インフラ整備も行われず、上水道と電気が「人道的な理由で」設置されたのは平成に入ってから、という、かなり壮絶な住環境だった。ガスはプロパンガス、特に下水道は移転補償が決まる日まで、とうとう整備される事も無かったそうだ。

不法占拠スラム亡き今の中村地区はどうなっているのか

2017年現在、この中村地区がどうなっているのかを見たいがために、また現地までやってきたのである。地区の北側からのアプローチとなる下河原の軍行橋方面からの一本道に入ると左手に大阪国際空港の滑走路が見える風景は昔と変わらずだが、不法占拠スラムが取り除かれたせいか以前より小ざっぱりした印象がある。

かつてバラック家屋が立ち並んでいたはずの不法占拠スラムの中心には「中村地区整備事業 完成記念碑」が雑草に囲まれた空き地にぽつりとそびえていた。名実ともに、大阪国際空港の裏面史を象徴していた、あの中村地区は姿を消したのである。

その記念碑の裏には昭和15(1940)年の中村地区誕生から移転までの経緯が「大阪第二飛行場の空港拡張工事に従事した労働者(主に韓国・朝鮮人)の飯場が建てられ」といった一文も交えて記されている。移転対象世帯156世帯、移転対象者361人、移転対象物件208棟、それら全てが南隣の桑津四丁目に移転済である。

記念碑から南側の一画が、事業所移転先となった桑津四丁目の工場地帯となる。この通り、真新しい建物で操業しているリサイクルセンターがあったりする。

他にも、不要な古着をドライブスルーで買取してもらえる衣料リサイクル工場もある、非常にリサイクル意識の高い街に生まれ変わっております。

伊丹中村の新名所、エアポートビューのワイルドなホルモン焼肉屋爆誕

中村地区の北側に僅かに残っていた不法占拠地域も概ね殆どの建物が解体され空き地になっているが、その一部が新たに焼肉屋になっている箇所がある。「炭火焼 ホルモン マダン」…これは以前来た時には存在していなかった。ホルモン各種がお安く食える伊丹中村地区の新名所である。

「マダン」の外観はこの通り、即興で組み立てました感ハンパないワイルドな小屋になっていて、店内と外を隔てるのは風除けのビニールテントしかない。飛行機撮影帰りの連中か、地元の在日の方々か知らんが、結構店内は繁盛している。肉を焼きながら間近で離陸する飛行機を見物できる、エアポートビューな焼肉屋だ。

しかしそれ以上に気になるのが焼肉屋のすぐ隣にある、どう見ても飯場の廃墟か?としか思えないプレハブ群。三つ四つくらい連なるプレハブ小屋を跨いだ大きな看板には「地球・大自然・人・環境浄化事業 SKK.五月興業株式会社」と書かれている。要するにリサイクル関連会社か。

このリサイクル会社が隣の焼肉屋を経営しているのかどうか知らんが、以前のストリートビューで当地を見ると、何台もチャリンコが横付けされているのが目についた。従業員の寮として使われていたのだろう。

そして一部のプレハブは玄関扉が無造作に開いたままになっている。もしかして未だに人が住んでいるのでしょうかね。ちなみに中村地区(中村字井ノ下)は不法占拠スラム除去後「人口1人」(伊丹市ホームページによる)になっているが、もしかしてこの場所の住民がカウントされているのでしょうか。

玄関が開きっぱなしのプレハブ小屋の前に置かれた、長靴などを収納する靴箱なども長年雨ざらしになっていたせいか腐り落ちて崩れそうになっていて、色々と荒れ果てたままの姿を晒していた。

「マダン」が満員御礼で入店出来なかったので、ガチなコリアタウン巡りのせいでこじれにこじれた焼肉食いたい欲を満たすがために桑津四丁目の工場地帯にぽつんと一軒だけある「焼肉ハナ」に入店。こっちは割と小綺麗でちゃんとした店構えです。

99%地元民しか来ないのではないかと思えるガチな立地なためか店員のオモニには「どっから来はったん?」と怪訝そうに聞かれましたが焼肉は非常に美味しかったです。あとレジの上の壁に公明党・冬柴鐵三氏のサイン色紙もありました。国土交通大臣在任時に中村地区に来た時のものでしょうかね。ちなみに冬柴さんと言えば創価王国尼崎が地盤で、在日コリアンへの参政権付与を訴えておられましたが2011年にお亡くなりになってます。

さらに、中村地区住民の移転先である「市営桑津住宅」にも足を運んだが、レポートが長くなるので続きは次回へ。


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