【尼崎市】戦後のドサクサ市場が火事で消えた街「阪急塚口駅北口」の商店街

阪神工業地帯の中枢に位置する工業都市「尼崎」も、そのイメージとは最も遠くかけ離れた内陸部を走っているのが「阪急神戸線」である。同じ尼崎市内でも阪急神戸線の駅は園田、塚口、武庫之荘と3つあり、その中でも阪急伊丹線の乗換駅となっている「塚口」は特急以外の全列車の停車駅でもあり駅前が最も発展している。

さて、そんな阪急塚口駅と言えば前回駅南口の再開発エリア「塚口さんさんタウン」のうち3番館が老朽化を理由に建て替えのため閉鎖されることをお伝えしたわけだが、今回は駅の北口に広がる商店街の方に出る事にする。

尼崎市の最も北側に位置する阪急塚口駅の北口に出てきました。阪急の駅舎が平面になっているせいで駅の南北が分断されている格好になっているのだが、駅北口には「塚口中央商店街」をはじめとする複数の商店街があって、こっちも負けずに栄えている。

同じ尼崎市のイメージで括られるとやはり違和感が感じられるほど、お上品路線の代名詞でもある阪急神戸線に属するだけのことはあって、なんだか駅前の商店街も並んでいる店舗が大人しめである。街灯の下の広告が証券会社だったり、並んでいる建物は揃いも揃ってお堅いメガバンクや信託銀行だったり、そのへんのレベルでもう全然街の性質が違う。

駅北西側に伸びる商店街に沿って広がる碁盤目状の街路が整備された住宅街や、駅北東側の寺内町だった一画もまた、尼崎市においては武庫之荘駅周辺の一部地域と重なるように比較的富裕層が多く住むエリアとして認識されている。どうせアマの一部ですし高級住宅街とは間違っても言わないけれども、それなりの方々が暮らしておられるわけだ。

関西の有名高級スーパー「いかりスーパー」の本社は尼崎市塚口町にあります

この商店街沿いにデデーンと一際目立つ佇まいの「いかりスーパー」の店舗もあって、アマらしからぬ高級ゾーンっぷりをアピールしている。一時期は首都圏にも進出していた、関西における高級スーパーの代名詞。その本社は実はこの尼崎市塚口町のこの店舗なのだ。昭和36(1961)年にここ塚口で一号店を開店させて以来の歴史がある。セレブ御用達スーパーだけに本社は芦屋かと思ったら全然違う。尼崎の企業だ。

下町と“ええとこ”が共存する阪急塚口のハイブリッドぶり

しかしアマのイメージとは真逆なおセレブ様御用達いかりスーパーはこの塚口でもほんの一部の側面に過ぎない。まだまだ駅前商店街から脇道に逸れると途端に下町臭さの垣間見える風景もちらりと姿を現す。

しかし阪神やJR沿線のような、いかにも人生の敗残兵的なビンボーな下町土着民が暇さえあればパチンコを打ってばかりしてコナモンを貪り食いタバコと酒を嗜むようなだらしない風景は塚口では皆無である。路地裏のテナントビルにも河合塾だの住友不動産販売だの入ってますしねぇ。向学心の強そうな学生さん方の姿も多く見られる。

結局この阪急塚口駅北口の一帯でパチンコ屋はただの一軒も見かける事はなかった。南口には二軒パチンコ屋があるんですけども、一応ながら尼崎市で唯一駅前にパチンコ屋がないのは「武庫之荘」だけである。

大阪市内では頻繁に見かける「力餅食堂」の店舗もあるにはあるし、随所に庶民的な店舗も揃っているのが好印象である。常々「関東の尼崎」と陰口を叩かれる「川崎市」と同じで海側の川崎区と内陸部の麻生区などでは全く別世界なのと共通している。阪急塚口は川崎市に当てはめると新百合ヶ丘くらいとは言いませんが、せいぜい「溝の口」くらいの立ち位置ですかね?

“関西の溝の口”的な駅前ドサクサバラック市場が全焼にて消滅

今回、阪急塚口を「関西の溝の口」などと決めつけたかった理由が、駅前一等地に闇市上がりのバラック市場が存在していた件である。川崎市の「溝の口西口商店街」を彷彿とさせる線路沿いの立地にあった「塚口中央市場」は2011年2月に起きた火災で建物が全焼、その後更地にされてしまっているのだ。

川崎市高津区のJR南武線武蔵溝ノ口駅前の線路沿いにあった「溝の口西口商店街」も2007年に火事に遭ってその半分が全焼し規模縮小を余儀なくされているが、こちら尼崎市塚口町の「塚口中央市場」は100%完全燃焼、“昇天”あそばされました。結局それから7年も経っているのに跡地の利用手段が未だに決まっていない。地権者が複雑化してしまった事による合意形成の困難さを語っているようだ。

猛烈な火災の影響だろうか、すっかり赤茶けた状態で放置されている有刺鉄線付きの電柱が辛うじてこの場所に市場があった事を物語っている。

阪急塚口駅北口の商店街にはその他「塚口専門大店」というレトロ市場があったがこれも2002年に火災で全焼、そこに隣接する「永楽商店街」も2012年1月に火災で一部消失し、アーケードが取り払われ商店街の趣きも無くしており、相次いでレトロな駅前風景が火災でわやくちゃになる出来事が立て続けている。単純に失火の可能性も考えられるが、こうも火災が続くと故意によるものを考えずにはいられない。

で、塚口中央市場のあった更地を横目に阪急神戸線の線路沿いを歩くと、なぜか未舗装の路地に古めかしい平屋建ての住宅が連なる、戦後の香り漂う一画が残っている。線路沿いに物干し台が置かれたままになっているし、ここだけやたら土地の使われ方が“昔のまま”っぽい。

この不自然な一画が気になったので国土地理院サイトから昔の航空写真を引っ張り出して見てみたが、終戦直後の昭和23(1948)年のものでは単なる農地でしかなかった土地が、その後昭和30年代に宅地化されているのが確認できる。周りは駅前一等地らしく商店街やマンションばかりなので、ここだけ違和感を覚えるのである。

ここ塚口を含めて全体的にお上品路線扱いされる「阪急神戸線」だが、塚口駅前を線路がぶった切り南北に分断している格好を見てもわかる通り高架化が遅々として進まないのである。せいぜい園田付近が高架化している程度で、後は十三から王子公園の手前までマルーン色の電車は殆ど地べたを走っている。駅前の平面交差の踏切の前には非常に多くの通行人が足止めを食らう姿が見られる。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。

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