【許永中の故郷】梅田の隣とは思えない「阪急中津駅」のホームの狭さと駅前の寂しさは異常

大阪を代表する二大都心の一つが、梅田を中心とした「キタ」エリアであって、特に都心回帰の傾向が強い近年は梅田周辺にタワーマンションの建設が相次いでいる。だが、今の今になるまで、梅田徒歩圏であるはずの交通至便な場所なのに全く街の発展とは無縁だった地域がある。

それが大阪市北区に属する「中津」という地域である。ここは阪急電車でも地下鉄御堂筋線でも梅田の隣駅にあり、梅田の中心繁華街にも歩いて15分程度で行けてしまう、交通至便な場所である。もっとも御堂筋線中津駅がある側の方が梅田に近いので、こちらはタワマンの建設が進んでいて賑やかになりつつあるが、一方の阪急中津駅はというと…

なんて寂しくて古くて狭い駅なんだろう、阪急中津駅

見ての通り、信じられないくらい昭和のままで寂しい駅前風景である。中津駅には阪急京都線のホームがなく、残りの阪急神戸線・宝塚線の普通電車(一部準急も停車)でアクセスできるが、地上から高架下の改札口に辿り着くのも階段しかなく、ベビーカーや車椅子は速攻で詰む。公明党ポスターが貼られた「大衆酒場いこい食堂」が駅利用者の貴重な食料供給源である。

さらに洋菓子の店「ファーストコンフェクト」と居酒屋「ファースト」、焼肉「ジュジュ」(営業していない)といった昭和丸出しな駅前一等地のガード下店舗が阪急中津駅前に連なる。なんて寂しい駅前なんだろう。とりあえずこんな場所に好き好んで来るのは“呑み鉄”クラスタくらいじゃないのか。

駅の南側には高架道路になっている国道176号線が隣り合っていて、そこに出るのも階段しかない。バリアフリーという言葉の意味が全く通じない。これが梅田の一つ隣にある駅だなんて信じられますか?

阪急中津駅と言えば「さかなっつハイ!」と糞狭いホーム

親子代々からの阪急利用者には既にDNAに刻まれているレベルであるほど脳内に刷り込まれている小魚とナッツが入った菓子「さかなっつハイ!」(東洋ナッツ食品株式会社)の広告がかつて20枚以上ずらりと並んでいた阪急中津駅ホーム際のフェンスも、今となっては何も見当たらない。この広告は2005年まで掲示されていた。

東洋ナッツ さかなっつハイ! 250g

阪急中津駅と言えば「さかなっつハイ!」である事を今の若い世代はどれだけ知っているのだろうか。シンボル的存在を失った阪急中津駅はカルシウム欠乏のためかさらに寂れっぷりが加速している。もはや骨粗鬆症レベルである。

そして阪急中津駅最大の特徴と言えば、このヤバイくらいに糞狭い駅ホーム。往年の阪神春日野道駅とタメを張れそうな狭いホームは全く改善される見込みはない。ただでさえ窮屈に阪急の主要3路線の6本の線路がひしめき合う中で、ホームを広く出来る余地もなく、エレベーターやエスカレーターの設置は絶望的。しかし逆に駅自体が廃止されるような事もない。

駅周辺も寂しすぎて憤死するレベルである

まず、一ヶ所しかない阪急中津駅の改札を出て目の前の階段を降りると目の前には「中津中央公園」という小さめの児童公園があるが、おおよそ遊んでいる子供の姿も見当たらず、地元の老人の喫煙所にしかなっていない。

阪急中津駅前の土地を見れば分かるが、駅の南側は阪急の線路と国道176号線に阻まれ、さらに駅の東側はJRの「梅田貨物線」によって東西を分断されている。ちょっとした陸の孤島状態になっているのだ。これが街の発展を阻害している一つの理由になっているのだろう。

阪急線の高架沿いに進むと、その高架下には町工場や倉庫がほとんどで、茶屋町や中崎町界隈のようなオサレ観光地化している様子は皆無である。そう言えばこの近くの国道176号線の高架下でイマドキなイベントをやっていたりする団体とかあった気がしたんですが、立ち退きする、しないで未だに揉めているんでしょうか。

中津と言えば「許永中」だろ

この道沿いには伊藤ハムのでかい看板を掲げた「大阪食肉会館」という建物がある。食肉…と聞いてハンナン浅田を連想しそうになったが、それではなく大阪の裏社会を率いたドンとしてあまりにも有名な在日韓国人フィクサー「許永中」がここ中津の生まれであることにどうしても触れなければならない。

許永中 日本の闇を背負い続けた男 (講談社+α文庫)

許永中…それは大阪市の同和対策事業に食い込み巨額の富を得た人物。中津の在日韓国人地区に生まれる、とwikipediaなどには書かれているが、中津は隣の中崎町ほどコリアン色が強い訳ではなく、かつての被差別部落にルーツを持つ人々が多く住んでいたという歴史的経緯がある。(この地域では大阪市の同和対策事業は行われていない)

イトマン事件の深層 (ND Books)

許永中はイトマン事件や石橋産業事件で有罪・実刑判決を受けるが、服役中に「国際受刑者移送法」により韓国に移送(日本での特別永住資格は消滅)されており、現在は韓国での刑期を終えた後、ソウル市内で生活している。なぜか2017年12月26日にテレビ東京で放送された「ガイアの夜明け」で許永中本人がテレビ出演していた。

許永中本人は日本への帰国を希望しているというが、韓国への移送時点で永住権が放棄されている上に実刑判決が日本の上陸拒否事由にあたることから、日本への再入国は難しいとされている。

消えた高架下の黄金郷、目の前にはうめきた再開発地域が…

今度は高架道路になっている国道176号線沿いに出る。梅田方面から十三大橋に向かう主要道路なので交通量も非常に多い。この真下に、相当前に訪れた事のある「高架下の黄金郷(エル・ドラド)だ」と評した高架下空間があるわけですが…

高架道路沿いに建っているマンションやビルの多くは高架道路側に玄関口や勝手口を置いているあたり、この辺の住民はこの高架道路の方をよく使っている事が伺える。

市営バスの車庫もやはりこの高架道路沿いに面して出入口がある。国道176号線の南側は中津5~7丁目となっているが、外国人観光客が大好きな展望台がある観光名所「梅田スカイビル」のすぐ北隣なのに、ここも恐ろしいくらい寂れている。

しかし、ちなみに駅の南側をちょっと進むと、もう目の前にはガンガン再開発が進んで見違えるほど意識高い系スポットになってしまった「グランフロント大阪」やインターコンチネンタルホテル、タワーマンションが立ち並ぶ姿が見える。

将来開発される「北梅田駅」の予定地となる旧梅田貨物駅のだだっ広い土地の向こうには、梅田の高層ビル群を拝む事もできる。これらが開業すると、旧態依然としていた阪急中津駅の周辺も恐らく何らかの変化をもたらすに違いない。


The following two tabs change content below.
DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
トップへ戻る
Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.