大阪ベイエリア労働者の足・大阪市営渡船「千歳渡船場」

大阪市内8ヶ所にある無料の市営渡船場を巡るレポート、今回は同じ大正区内を往来する「千歳渡船場」を紹介する。

千歳渡船場は大正区北恩加島二丁目と同区鶴町四丁目の間を結ぶ。大正駅方面から来る場合は当然市バス利用で、大正通を通るバスを終点の鶴町四丁目バス停で降りると鶴町側、87・98号系統のバスに乗った場合は新千歳バス停で降りると北恩加島側の乗り場に近い。

大正区の離島・鶴町の外周部分はガチ工業地帯

今回は鶴町側からのアプローチで千歳渡船場に行ってみることにする。鶴町四丁目バス停から東に向けて徒歩5分くらいで渡船場の乗り場に辿り着くが、周囲を海や運河に囲まれた鶴町地区の海岸線に面した部分は全て工業地帯になっている事が分かる。

生コン工場に金属・機械工場もあれば廃棄物リサイクル工場もあるという工場の見本市の如き姿を見せる鶴町ベイサイドゾーン。千歳渡船場から船に乗るとこうした工場群も海側から一望できる。

鶴町や船町をはじめとする大正区南部、尻無川・木津川河口部にはこのような重工業地帯が形成されている。区内全域がこのような発展を進めていったのは大正時代以降の事だ。大正区はその名の通り、大正時代に勃興した地域とも言える。

渡船場の入口にあるこちらの工場は金属リサイクル工場のようです。平日の日中はあちらこちらの工場でガッシャンガッシャン機械音がけたたましく鳴り響くのである。

大正内港を作ったばかりに陸の孤島となった鶴町地区に二代目「千歳橋」が架かる

その頭上にはまだ真新しさの残る青いボディのアーチ橋がデデーンと架かっているのが見える。全長365メートルの「千歳橋」である。鶴町の交通不便性を解消するために2003年に架けられた橋だが、実はこの千歳橋は二代目。大昔に初代の橋があったが、ある理由で撤去されてしまった。

かつて鶴町と対岸の北恩加島の間は初代千歳橋で繋がっていて、そこには市電も走っていた。しかし海抜ゼロメートル地帯であるがゆえに室戸台風やジェーン台風の高潮被害で何度もやられるわ、大阪大空襲で焼けるわと散々な目に遭った大正区は、戦後に大正内港を整備し、掘削工事で出た土砂で区内全域を盛り土して嵩上げするという大規模な復興計画を進めていった。

その結果初代千歳橋が撤去され、大正内港で分断された両側のエリアを結ぶ代替交通手段として生まれたのが現在の千歳渡船場である。昭和30(1955)年くらいから運行開始したようだが、当初は民営だったものが昭和32(1957)年から大阪市に移管され公営事業化している。

鶴町側の渡船乗り場には非常に素朴な佇まいの待合所が置かれている。水色のペンキで塗りたくられたベンチは手製なのだろうか、どことなく味わい深い。

そこから眺める船着き場の先には大正内港を跨ぐ形で架かる二代目千歳橋がカーブを描いている。2003年に千歳橋が完成した時この渡船場が廃止になる噂もあったが、結局今でも残っている。高さ28メートルもある橋をチャリで往来するのはキツイわけで、千本松大橋の例のように橋と渡船場が併存しているのと同じである。

千歳渡船場の標準時刻表を見ると概ね昼間は20分ペース、朝夕は10分ペースで運行しているようだ。甚兵衛渡船場よりも本数が少ない。建設局職員が待機する小屋は対岸の北恩加島側にある。岸壁間の距離は約370メートルあり、これは天保山渡船場の次に長い。

運行本数が少ないということは、うっかり船を乗り過ごしてしまった時に次の船を待つ時間が長くなるということで、そうなると急ぎであれば頭上の千歳橋へ続く歩行者用階段をチャリンコごと押して登っていく羽目になる。

大正内港を一望できるベイサイドビュー

この千歳渡船場の乗り場からも、船に乗ることなく大正内港からの景色を一望できる。ここもまた大阪港の港湾機能の一部を担う場所となっている。先に触れた盛り土工事が完了した昭和50(1975)年頃までに、当時の大正運河と繋がっていた区内の貯木場が閉鎖されて住之江区平林に移転している。

遠目には大正区随一のマンモス団地である「UR千島団地」なんぞも拝める大正内港の風景。昔の大正区の航空写真を見ると網の目のように運河が走っていて貯木場として使われていた形跡が分かるが、それらが全部埋め立てられた形になる。地盤が軟弱過ぎるのは言うまでもない。

視線を左側に移すと済生会泉尾病院、大型分譲マンション群「昭和山コーポ」、マリンテニスパーク北村といったものが見える。このあたりも70年代までは「クブングヮー」と呼ばれていた劣悪な低湿地帯スラムで、沖縄出身者を中心に貧困層が差別に苦しみながら暮らしてきた、という負の歴史を辿る土地である。クブングヮーとは沖縄の島言葉で「窪地」を意味し、グヮー(小)の部分は「マチグヮー」などと同じで、言葉尻につけるただの愛称である。

他にもなぜか天保山にいるはずの観光船サンタマリア号がよくわからない場所に停泊していたり…

大阪ベイエリア育ちの天然DQN脳をお持ちのクソガ…いや男子中高生であれば十中八九、真ん中にアルファベットの「E」を入れたくて入れたくてしょうがなくなる、とても紛らわしい名前の何かをアピールする工場があったりするのが見られる。

千本松渡船場や木津川渡船場に並ぶベイサイド・インダストリアルビューが堪能できるのがこちら千歳渡船場である。で、結局船には乗らずにそのまま引き返してしまったので、船上からの写真はないというオチですみませんでした。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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