【芦屋市】全然セレブじゃない昭和の近未来型超高層住宅「芦屋浜団地」がいろんな意味で凄い

芦屋市

戦後日本が高度経済成長時代を迎えた1960~70年代、庶民の生活空間はそれまでの木造の長屋暮らしから近代的なコンクリート建ての「団地」へと次第に変貌を遂げていったのだが、とりわけ大阪万博が開催された昭和45(1970)年前後に、数々の前衛的建築家たちが奇抜な“近未来的”デザインの建物を続々と誕生させた。その極致とも言えるような超高層団地が兵庫県芦屋市にある。

芦屋市…その地名を聞くと十中八九「日本一のセレブタウン」だとか、そっち方面の色眼鏡で見られがちなお土地柄である事は言うまでもない。しかしそのイメージで語られるばかりで、浜側の埋立地に目をやるとバカでかい団地なんかもあったりする。やってきたのは「芦屋浜シーサイドタウン」という場所。

ここは芦屋の浜辺を埋め立てて作られた面積約126万㎡、計画人口2万人、全5,700戸の一大ニュータウンだ。このうち高層住宅部分を指して「芦屋浜団地」とも言う。最寄りは阪神電車打出駅だが、JR芦屋駅からバスで来るのがデフォである。路線バスの停留所で降りると、見ての通りの風景。芦屋とは言いますけれども、一体どこがセレブタウンなのでしょうか、ええ。

この団地の存在は近隣を走る阪神高速5号湾岸線からもハッキリ視認できる。突如埋立地にそびえる巨大な軍艦の如き建造物の数々は見るものを圧倒するに余りある迫力だ。隣の西宮市にある武庫川団地もたいがい巨大だが、こちらはさらに機械的かつ近未来的な佇まいである。

9.11テロの標的・WTCビルを手掛けたミノル・ヤマサキ設計の超高層団地

昭和54(1979)年に街開きした芦屋浜団地は芦屋市高浜町・若葉町に連なる高層団地である。兵庫県企業局(当時)により万博開催前の昭和44(1969)年から埋め立て事業が行われ、その土地に続々と超高層住宅が建てられた。今年で街開きから40年が経ったが、建物のインパクトが強すぎてむしろ古さを感じさせない。

9・11の標的をつくった男  天才と差別―建築家ミノル・ヤマサキの生涯

芦屋浜シーサイドタウンの設計は日系アメリカ人の建築家、ミノル・ヤマサキが手掛けたとされている。あの9.11テロの標的となり崩壊したニューヨーク・マンハッタン島のワールドトレードセンタービルの設計に携わった事で知られる人物である。同人の設計した団地と言えばもっぱら悪評しか出ない、ミズーリ州セントルイスにあった貧困層向け改良住宅「プルーイット・アイゴー」が有名ですが…

まさしく70年代前後に流行した「メタボリズム」的発想がモロに反映された作りとなった団地、各戸ごとにカプセル化した居住空間が特徴的である。こういうのって、黒川紀章の「中銀カプセルタワービル」とか、新大久保の「軍艦マンション」とか、あのへんの建物をつい連想してしまう。

どの住居棟も14、19、24、29階建てという高層ぶりで、数ある各住居棟はUR都市機構、県営、分譲にそれぞれ管理区分が隔てられている。さながら合体ロボだかレゴブロックで作りました的な佇まいの奇抜極まりないながらも見た目にはどの棟も違いのない団地だが、管理区分で住民の層がそれぞれ違っているのが特徴である。

各住居棟は柱、梁、それと5階ごとのプレハブ住居の各パーツが組み合わさって作られている。その造りからしてもシステマチックで特殊極まりない。梁の部分は共用階としてエレベーターホールや「空中公園」と称したちょっとした広場も設けられている。ちなみに高層棟は29階建ての場合、7階、12階、17階、22階、27階と5階おきに共用階があり、エレベーターはこの階にしか止まらない。例えば25階と29階の住民なら27階まで来てそれぞれ目的フロアまで階段移動というわけである。

芦屋浜シーサイドタウンを建設するにあたって新日本製鐵、竹中工務店、松下電工といった各分野のトップ企業が集結し、ASTM(アステム)企業連合体が結成された。芦屋浜の「A」に加えて各企業名の頭文字を並べたもので、分譲棟に「アステム」という名称があるのはこれだ。


この団地は「芦屋浜シーサイドタウン高層地区」という名称がある。宮川を隔てて西側が若葉町、東側が高浜町となり、その中心部に地区センター、ショッピングプラザを配している。各住居棟は高浜町の7-1住棟以外、2つから5つのブロックが不規則に連結された格好となっている。

地区センターのすぐ南側にそびえる29階建ての「アステム芦屋7-1住棟」は分譲物件。さすがに築40年オーバーの中古ともなると最上階の29階ですら販売価格は2000万円を切る。しかし「芦屋アドレス」にのぼせ上がって南芦屋浜の戸建てを買ったのに台風の高潮で床上浸水してドエライ目に遭ってる方々と比べると、こういう住居の方がまだ現実的じゃないですかね。

地区センターに隣接するダイエーグルメシティ芦屋浜店も、この地域が街開きして以来の歴史があるオールドニュータウンのお買い物拠点として役割を保っている。客層は爺さん婆さんばっかりですね。芦屋市と言えども、ここは別に普通のスーパーです。輸入ものの高級ワインだのチーズだの、特別見栄っ張りな高級食材なんてありません。しかもダイソーまであるし。

そう言えば先日、芦屋市海洋町のスーパーで「節分の日に恵方巻を万引きした韓国籍の80歳の女が現行犯逮捕」という、おおよそ芦屋のイメージとは真逆の、まるで大阪の下町のような珍事件が報じられたが、海洋町はこの団地の南側にある埋立地「南芦屋浜」の町名である。低所得者層が多く住む県営団地の生活圏だもの、そういうビンボー臭い事件だって起こる。

「居住空間の工業化」の集大成、自慢の“ゴミ収集パイプライン”が存続の危機

芦屋浜シーサイドタウンを見物していると、まず一番目に付きやすい特徴がこのぶっといパイプラインの存在。これ、全国的に見ても非常に珍しい「ゴミ収集パイプライン」という代物なのである。高層団地エリアに限らず、周辺の戸建住宅エリアの各所にも設置されている。

団地住民がゴミを捨てる際にこの投入口に袋詰めした可燃ゴミを放り込むと、圧縮空気によってパイプラインを通じてそのまま収集センターに運ばれるという仕組みである。これによって住民は24時間気兼ねなくゴミ捨てができる上に美観も保たれると、一時期は大阪の南港ポートタウンをはじめ各所のニュータウンで導入されていたものだが…

しかしこのパイプライン、莫大な維持費が掛かる事から全国的に廃止される流れが止まらない。既に東京都の多摩ニュータウンなども廃止され、南港ポートタウンも同じく廃止予定。一方で芦屋市も金のかかるパイプラインの維持には消極的で、廃止の方向で検討しているようだが、当の芦屋浜団地住民は廃止に反対する幟を各所に立てている。

最大29階建ての超高層団地の5階おきの共用階ごとにこうした投入口が設けられていて、団地住民にとっては便利だったものが無くなるとあれば、そりゃ反対するのも致し方なしか。恐らく通常回収ともなればわざわざでかいゴミ袋片手にエレベーターで1階まで降りてゴミ集積場まで置きに行かなければならなくなるだろうしな。あとは地域全体で暖房給湯システムが完備されていて冬場はエアコン要らず、というが、その暖房費が高額だという住民の声もある。

そんな共用階からの眺め。特殊な造りをした芦屋浜団地の様子やその周辺の街並みが一望できよう。この人工的な生活空間、広島市の基町団地(市営基町高層アパート)に通じるものを感じる。1995年の阪神・淡路大震災では周辺の戸建住宅で液状化現象も起きたが、70年代の建設技術の粋を集めて作られたこの団地は万全な基礎工事が施されている結果、建物に被害は及んでいない。

遠くには芦屋市や隣接する西宮市の市街地を望むこともできる。あくまで芦屋で高級住宅街といったら、阪急神戸線から山側の一帯を指す。国道2号からこちら側は所々勘違いしてオシャレぶったような部分はあれど、おしなべて下町なのでお間違えないよう。


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