【日本三文オペラ】大阪市城東区の在日コリアン集住地!伝説の「アパッチ部落」を訪ねて【夜を賭けて】

日本第二の都市・大阪には、太平洋戦争中に大日本帝国陸軍の極東アジア最大の兵器工場「大阪砲兵工廠」が存在していた。だが、終戦前日の昭和20(1945)年8月14日に145機ものB29が飛来し、650発の1トン爆弾を用いた集中爆撃によって徹底的に破壊された。終戦後も長らく砲兵工廠の跡地は危険な不発弾が散乱し、人の立ち入りもまともにできず、ひたすら荒れるに任せていた。

敗戦ムードの中で庶民にとって貧しく悲惨な暮らしが続いていた日本社会がいよいよ“戦後”を脱しようとしていた昭和29(1954)年頃から「神武景気」を迎える。かねてから朝鮮戦争特需などを理由に金属類の需要が高まり鉄の価格は高騰していた。そこでとりわけ差別と貧困に苦しんでいた当時の在日コリアンが目をつけたのが、手つかずの砲兵工廠跡地に残っていた大量の金属類だった。

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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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