【尼崎市】大物議員と大物犯罪者が根を下ろした土地…阪神本線「大物」を歩く

大阪の梅田と難波、二つの都心に直結する交通至便ぶりでは関西の私鉄各社の中で一歩抜きん出た感のある「阪神電車」だが、難波方面に伸びる「阪神なんば線」(旧・阪神西大阪線)が阪神本線から枝分かれしているのが「大物駅」である。

大物…ダイモツ…関西ネイティブじゃなければ十中八九「オオモノ」と呼んでしまいそうになる駅名である。しかし各駅停車の普通しか止まらないせいで実質的な乗換駅にはなっていない。両隣の阪神尼崎、杭瀬の各駅前と比べても発展具合も微妙…

大物の地名の由来は至ってわかりやすいもので、駅南側、尼崎市大物町に鎮座する「大物主神社」から来ているのと、かつて港で木材や石材などの大きな建材を扱っていた事から来ているのと諸説あるようだ。

大物主神社の創建年代は不詳だが、平清盛だの源義経などにゆかりのある非常に歴史の深い神社となっている。義経と弁慶の隠れ家跡まであったとか、歴史好きな方々にはさぞかし興味深いスポットだが、当方としてはそんなことより気になるものが…

アマの大物議員冬柴鐵三を国会に送り出した地盤、大物駅前の三色旗な風景

大物駅の真ん前にどでかい店構えの「仏壇金剛堂」が三色ラインの看板を掲げて堂々と鎮座している件。やっぱり庶民の王者を慕うド下町尼崎、公明党の盤石な支持基盤を伺わせる街並みである。そうかそうか!

大物と言っても地名のダイモツではなく、尼崎にゆかりのある公明党の“大物”議員と言えば、何よりも冬柴鐵三氏の存在が大きい。自身も創価学会員で、この尼崎を地盤に衆議院議員に連続7回当選、2006年の第一次安倍内閣では国土交通大臣を勤めるまでとなったが、2009年、8回目の衆院選で田中康夫氏に破れ、政界を引退。その後急性肺炎によって2011年に死去している。

そこから少し離れて「創価学会尼崎平和会館」の建物も鎮座している。冬柴氏亡き後も圧倒的な信心深さで選挙戦に望み、公明党議員をほぼ毎回“全員当選”させ尼崎市議会に送り出している、強力な支持基盤の源となっている。「安定は希望です」ってそういう意味なのか。

大物から生まれた大物犯罪者、尼崎連続怪死事件・角田美代子

2012年10月に発覚し、当時ニュース報道で日本社会を震撼させた「尼崎連続怪死事件」の主犯格である角田美代子被告(兵庫県警本部留置所内で自殺、享年64歳)は昭和23(1948)年に、阪神大物駅から程近く、かつて尼崎城があった「尼崎市南城内」の一角にあった工場社宅のアパートにて生を受けている。この場所は既に更地となっていて何もないが、同被告の生い立ちを辿るレポートはnoteの有料記事にて公開しているので気になる方は読めば良い。

尼崎城の内堀があった一角が犬小屋などで不法占拠されている件

角田美代子の生家跡の近くの路地に入ると、とある建設業者の事務所の前がなんだかカオスな事になっている。時代は変わったが、世代も違えど街に住む人間の気質が根本から変わる事はない、と言わんばかりに。

建設業者の前の道を挟んだ反対側に、ずらりと犬小屋やら資材小屋が無造作に置かれているのだ。どう見ても公道をはみ出した置き方をしていて、合法的なやり方には思えない。おまけに目の前には小学校まである。相当長い年月の間、この場所は公道が占拠され私物が放置されている状況にあるが、わざわざ余所者が訪れるような路地でもないし違法状態が黙認されているのだろう。

しかし近年この界隈では尼崎城の復元プロジェクトが行われていて、近い将来ちょっとした観光スポットに生まれ変わるかも知れない。元々尼崎城の天守閣が尼崎市立文化財収蔵庫の本館付近にあり、そこに隣接する内堀にあたるのがこの裏通りになるのだが…ちょっとこの状況はどうなんですかね?しかも城自体も本来の場所からズレて再建されるらしいし…

よく見ると犬小屋の一つは犬ではなく“猫小屋”だった。檻の中に生きた猫ちゃんが狭苦しそうに飼われているのである。これはひどい。どうにかならんのかよ。

尼崎が誇る戦前モダン建築廃墟「旧堀内医院」

阪神大物駅の西側から海側に向かって伸びる「国鉄尼崎港線」の廃線跡に角田美代子の生家跡もあれば、その近くには見た目にもかなりミステリアスな、凄まじく古いコンクリート家屋が廃墟と化して残っている姿が見られた。

これは「旧堀内医院」と称する町医者の建物である。廃墟系のサイトに紹介があるように、尼崎の廃墟物件では有名な存在らしい。大正14(1925)年に建てられたもので、モダン建築物件としては価値のあるはずのものだが、病院は廃業、いつしか管理者も不在となり、長らく放置状態に。

特に病院だった建物の玄関部分の造りは凝ったものとなっていて思わず目を見張る。尼崎市としてはこれを文化財として保護することはできなかったのか。言うなれば「神戸のマヤカン、尼崎の堀内医院」ですよ。

当然ながら私有地のため不法侵入は法に反する事になるのだが、ここも容赦なく窓ガラスが割られ扉が開きっぱなしになっているのが見られた。廃墟マニアや地元の心ないDQNどもが入り込んでいたのだろう。

しかし残念ながらこの旧堀内医院は2017年頃にさっぱり解体されてしまっており、跡地は建売住宅なんぞに変わってしまったそうだ。我々もこれが最初で最後の見納めとなってしまった。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。

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