【旭区】バスでしか行けない街・赤川三丁目の下町商店街「赤三商栄街」を歩く

街外れの工業地帯や埋立地を除けば、だいたい大阪市内どこでも地下鉄やJR、もしくは私鉄で移動できるものだと勘違いしてしまいがちなのだが、一般市民が暮らしている住宅街の中でも移動手段が市バスに限られる場所が案外とある。大正区はその代表例だが、他にも都島区・旭区の北部あたりもそうだ。

天六から大阪市北東部に向けて伸びる「城北公園通」をずんずん進んだ先、旭区の「赤川三丁目」交差点。この周囲にはお約束通りにギラギラしたパチンコ屋もあればオッサンの溜まり場と思しき飲み屋や食い物屋、ちょっとしたロードサイド店舗が集まっていて「いつもの大阪」的な下品な賑わいに包まれた一帯だが、基本的には梅田から出ている市バスの停留所しか公共交通機関がない。

おおさか東線延伸で新駅が誕生する「旭区赤川」

梅田から市バスで片道20分掛かるこの地域、大きく外れて走る地下鉄谷町線も都島~太子橋今市駅間の各駅からそれぞれ2キロは離れていて、とても普段使いできる距離にはない。昭和44(1969)年までは大阪市電都島守口線が走っていたものが廃止され、それ以来ずっと大阪市内屈指の鉄道不毛地域であるが、その状態が近い将来解消される予定にある。「JRおおさか東線」の延伸による新駅開業だ。

その新駅からも近くなるであろう赤川三丁目交差点には「赤三商栄街」なる完全に地元民しか足を運びそうにないローカルな商店街がある。旭区と言えばどうも千林商店街ばかりが目につくが、こんな場所にも商店街があるんですね。

「赤三商栄街」という超ローカル商店街がある件について

赤川三丁目交差点から北西に入って、城北小学校の手前までの一帯が商店街の範囲となっているだけで、規模的にも大した商店街ではない。買い物客でごった返すような雰囲気もなく静かである。

城北公園通に近い側は何軒か喫茶店や食い物屋が集まっていて、市バスでの通勤通学帰りの地元民の溜まり場になっている感はあるが、あまりにローカルすぎて「食べログ情報」皆無だったり、店の名前がなんか適当だったりする。なんやねん「晴れたり曇ったり」って。

たまたま休業日なのかシャッターが閉まっていたが大阪ド下町感満載の立喰いホルモン屋もある。ここも店の名前がテキトーすぎる。「なんで屋ねん」とベタな大阪弁かましてますけれども。

旭区赤川と言えばこれまで淀川に架かる「赤川鉄橋」が有名で、長年貨物線で片側の線路しか使わずもう片側を歩行者専用にしていた橋(赤川仮橋)が、おおさか東線延伸工事で閉鎖されてから久しい。しかし駅からも遠いこんな場所にある商店街によそから来る人間も少なく、ネット上の情報は皆無に等しい。

だが、鉄道不毛地域だからこそ、他にどこへも行けないような福祉老人や土着民の皆様方が普段使いできる昔ながらの個人商店が残っているというもの。寂れた商店街ながらも衣食住の最低限の店舗は一通り残っている。

地元の老人しか買い物しなさそうな街の八百屋も元気に営業中。肉屋も米屋も薬局も揃っている。こういう場所での買い物が苦手なイマドキな住民向けにも城北公園通沿いには駐車場を備えた食品スーパー「コノミヤ」や百均ストアもあるし、貧乏人御用達の「業務スーパー」だってあるし、生活の不便は感じさせない。

夕暮れ時に浮かび上がる蛍の灯火のように照らされた昭和な佇まいの「久松寿司」、夜の赤三商栄街での一杯には数少ない有力候補か。ここも食べログ情報は皆無。

昼は昼で定食メニューもやっている久松寿司、丼モノにプラスしてうどんかそばが選べますと、安定の炭水化物オン炭水化物ですけれども、「定食にわ」「温ったい」と所々日本語表記がおかしくなっていても誰からもツッコミが入らない大阪下町クオリティ。

鉄道呑みオヤジ軍団、将来注目の地。角打ちが二軒もあるぞ

こんな鉄道駅もまともにない大阪市内の僻地にある商店街だが、よほど地元には飲んだくれオヤジが多いのか需要が高いのか知らんが角打ちをやっている酒屋が二軒もある。赤三商栄街のど真ん中にある「マルキン商店」と線路沿いにある「本田酒店」。おおさか東線開通の折にはよその地域から鉄道呑みオヤジ軍団がふらふら千鳥足でやってくる事請け合い。呑み助の街として案外大化けするかも知れん。

まさかアーケード街まであるとは、凄いね

鄙びきった赤三商栄街をふらふら歩いていると城北小学校寄りの一角になんとアーケード街の入口が出現。真っ黄色なファサードに掲げられた「お買物は 赤三商栄街 アーケード通」と書かれた看板が昭和テイストを盛り上げる。思わぬ隠し玉だ。

しかし中はこの通りがらーんとしたシャッター街で、商売をやっている店は一軒もなかった。小学校側に逆L字型に曲がっていて通り抜けが可能であるが、こう日も暮れた後で暗いと何が何だか分からないので入らなかった。

意外に多い旭区赤川のコリアン系店舗

赤川商栄街周辺にわりとよく見かける韓国食品店や韓国料理店などのコリアン系店舗の数々。まあ大阪市全域に多いのは確かであるが、千林商店街もやっぱり韓国系の店が多いし、同じ旭区の新森六丁目に「城北朝鮮初級学校」もあるように、在日コリアン比率が割と高い土地となっている。

で、何の気無しに通りがかったのがスシロー赤川店裏手あたりにある、こちらの食い物屋さん。店の表には「お好み焼」と書かれた幟と「ホルモン」と書かれた暖簾が掲げられ、どっちやねん!とツッコミを入れる間もなくハングルで「풋고추」(プッコチュ)と書かれているのが目につく。それは韓国語で「青唐辛子」…言うまでもなく韓国料理屋である。

旭区赤川「プッコチュ」でちりとり鍋を

プッコチュという言葉の響きと、その独特の店構えが気になり、つい腹ごしらえに入店してしまった。入りづらい雰囲気もあったが、店内は小奇麗で、厨房と向かい合うカウンター席には地元の住民と思しき高齢男性が1人ずつ3人腰掛けていた。

アウェー感全開の空気の中、オーダーした「ちりとり鍋」を突く。普通に旨いんですが、ここも食べログ情報皆無なんですね。この赤川三丁目という土地、もしかしたら誰も知らない「大阪市内」なんじゃないでしょうか。

さらにツラミ焼とビール追加でとどめを刺す。客層を見ている限り、一人焼肉にはちょうどいい店だと思われる。井之頭五郎にも大阪出張で訪れて欲しい店の一つかもしれない。

でも、プッコチュ、プッコチュ…初めて入ったはずの韓国料理屋なのに妙にデジャヴなんですよね。何故かと思っていた訳だ…すると…

桜宮高校バスケ部の闇寮アパートに入っていた韓国料理屋だった

2013年1月に報じられた「大阪市立桜宮高校」バスケ部顧問による体罰で生徒が自殺した事件で、顧問が勝手に生徒を住まわせていた「闇寮」のアパート一階に入っていた韓国料理屋の名前と全く同じだった事に気がついたのだ。

現在この場所には別の店舗(自転車屋)が入っていて、全く同じ韓国料理屋が赤川三丁目に移転して営業しているものなのか確かな事は言えないが、ストリートビューで確認すると2016年頃の同じタイミングで闇寮アパートから赤川三丁目に店が移転しているように見て取れる。

いやー、なんか運命的なものを感じてしまいましたよ。

ところであのバスケ部顧問は今どうなったか、事件後の裁判の末に大阪市が遺族に対し8723万円の賠償金を支払っているが、そのうちの半額を顧問に支払う訴訟を起こされ、請求通りの支払い命令が出されている。遺族は大阪から離れ関東地方に移り住んでおり、大阪市を相手取った裁判も東京地裁で行われている。

大阪市内なんてまともに子育てできる土地じゃないよね、と思わせた事件の一つでしたが、桜宮高校の生徒、保護者、教員とそのご家族の皆様如何お過ごしでしょうか。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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