飛田新地の料亭「鯛よし百番」に行ってきました 

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お客はまず玄関を入って右側の太鼓橋を渡る事になる。これも住吉大社の反橋を模したものらしい。いちいち凝り過ぎ。来たのがド平日だったので他の客は一組だけだった。遅ればせながら大阪西成・飛田新地の料亭「鯛よし百番」への登楼を果たした我々大阪DEEP案内取材班。大正時代に建てられた豪華絢爛な遊郭建築の中で秘密会議としゃれこむ事になった。

太鼓橋は途中でT字に枝分かれしていてもう片方は勝手口に通じている。全部で3つ出入り口がある事になるのだが現役時代はどういう使われ方をしていたのか。不思議である。

店内中央は吹き抜けになっていて、妙にでかい岩が飾られた立派な中庭がこしらえられている。中庭を囲んでロの字型の回廊に各部屋が配されている構造。

太鼓橋を渡った先の一階の三つの客室は「桃山殿」の名前がついている。遊女との大尽遊びに使われた最上級の部屋。他の客が居なければ桃山殿の三室のうちいずれかの部屋を割り振られる。我々はそのうちの手前にある「牡丹の間」に通された。「一番豪華で綺麗なお部屋ですよ」と女将さん。既に予約していた通りの鍋の準備が済んであった。

しばらくするとお料理が運ばれてきました。お刺身に突き出し、それから鍋の具材諸々。あとはノンアルコールビール一本ずつでお会計は1人4000円ちょいといった所か。そんなに畏まる程の料亭ではない。大衆割烹クラスと考えれば妥当かと。

百番グループの箸袋。たまにはやさしい妻と飲(や)る。わざわざ飛田新地に遊びに来てるお父さんの一欠片の良心を突っつきそうなそのフレーズ。鍋はささっと食ってしまって、メインディッシュは建物の見学。

「牡丹の間」の開き戸内側は和服姿の4人の女性の絵が描かれた板戸絵になっている。経年劣化激しくあちこち剥がれ落ちているが今なお色鮮やかに部屋を彩っている。幽霊が映ってるんと違いまっせ。

同じく「牡丹の間」。欄間に掛けられた間接照明が味わい深さを出している。変色して茶色くなった和紙を通した蛍光灯の灯りの質感がこれまた独特。

「牡丹の間」と廊下を隔てる壁の小窓。部屋の名前の通り、牡丹の花をあしらった彫り物が素晴らしい。

鯛よし百番には「清浄殿」というたいそうな名前のついたトイレがある。当然元遊郭だけあってトイレに男女別なんて野暮な配慮は一切ありませんからね。女性客もこちらでどうぞ。天井や欄間に描かれた絵がご立派です。

二階部分は客が少ない平日だったので全て消灯。一通り食い終わった後に「写真撮りに行ってもいいですか」などと女将さんに頼み込んだが、見るもんありませんよとにべもなく断られる。んな訳ないやろと心の中でツッコミを入れたくなったが、まあしょうがない、次の機会だな。

しかし階段や廊下の壁に描かれた桃太郎だの何だのの絵画がハイクオリティ過ぎて…絵があちこち剥がれたまんまで修繕のしようもないのが悲しい所ですが、今の時代ではこの技術を再現する職人もそうそう見つからないのだろう。

「牡丹の間」前の廊下の壁には南蛮渡来の外国人の図。今の飛田新地にはこんな感じで物珍しげに色街の風情を楽しむバックパッカーな外国人観光客がちらほらいますね。

桃山殿を構成する三部屋は「牡丹の間」「鳳凰の間」「紫苑殿」とあって大人数で宴会の場合は途中のふすまが開けられ続き間になる。

場所柄だけに訪問しづらいように思えるがやはり有名な店なので週末になると結構繁盛しているし年末の忘年会シーズンは予約が取れない程である。繰り返すが女性連れの場合に飛田新地内を行き来する際はトラブルに注意。天王寺駅方面から嘆きの壁沿いに来るか、もしくはタクシーでも使った方がいいかも。

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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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