赤線地帯一覧

大阪市生野区・韓国人街とちょんの間料亭が入り交じる「今里新地」がどれだけヤバイか説明する

大阪のコリアタウンはいわゆる「オールドカマー」と呼ばれる戦前に日本に移住してきた在日コリアンが暮らす地域の数が多いのが特徴的だが、それとは別に「ニューカマー」、すなわちここ十数年の間に日本に移住してきた、あまり日本語がしゃべれない韓国人が集...

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これはリアル和歌山ブルースか!和歌山市に残る末期的状態の赤線地帯「天王新地」を往く

戦前の遊郭の流れを汲み平成の世に生き続ける関西独特の「新地」、とりわけ大阪の飛田や松島は有名どころだが、関西の陸の孤島と言われる紀州和歌山にも天王新地という場所がある。ここも戦前から存在していたのは間違いなく、現在では殆どが廃業しつつもまだ...

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近鉄布施駅前に残る廃墟と化した私娼窟「寿三郎横町」があまりに壮絶でした

東大阪市の布施という場所は、昭和42(1967)年に合併して東大阪市になる前は「布施市」という単独の市でもあり、その街の中心が近鉄布施駅周辺という事になる。この界隈は近鉄鶴橋駅からたったの二駅という大阪市からの地理関係の近さもあってほぼ大阪...

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今更だけど知っておきたい日本最後の現役遊郭「飛田新地」という場所をざっくり説明する(2016年版)

日本国には「売春防止法」(以下・売防法)という法律があり、建前ではそのような行為は一切禁じられている。それ故に法律の網をかわすようにそうした特殊なサービスを行う業者があるが、大抵は特定の地域に集中している。それが売防法施行前から「遊郭」...

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失われた秘密の園…京都のダークサイドお茶屋街「五条楽園」壊滅後の様子を見に行った

日本が誇る古都、世界的観光地としてその座を不動のものとしている「京都」の魅力に惹きつけられて何度もこの地に足を運ぶ観光客は多い。この土地における文化や歴史の蓄積はそれほどの魅力を持って当然のものだし、この街の価値は将来も失われる事もないであ...

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大阪万博に潰されたとされる尼崎の遊里「初島新地」は今どうなっているのか

阪神工業地帯の中にあり、昭和の時代には工業都市として栄えた兵庫県尼崎市。そこには「かんなみ新地」などという怪しい裏名所もあったり、あの連続怪死事件の主犯格、故・角田美代子被告が仕事をしていたという戸ノ内の「神崎新地」、さらにもう一カ所、南初...

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大阪市港区夕凪にあったという幻の「港新地」とは一体何だったのか

大阪には飛田新地や松島新地のような場所があって、余所から見たらとんでもない街だと思われているようだが、我々より前の世代が血気盛んな青年だった昔の時代にはそういう秘密の解放区がもっともっと沢山あった訳で、それらが時代の節目節目で戦災なり売防法...

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写真撮影が一年にたった2日間だけ許される飛田新地の「こども夏まつり」とはどのようなものなのか

大阪市西成区にある「飛田新地」。明治45(1912)年にミナミの大火で焼け出された難波新地乙部遊郭が移転して大正5(1916)年に開かれた飛田遊郭が前身で、戦後の売防法施行後も非公然の現役地帯として平成の世に生き続けている日本国内でも稀有な...

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枚方にもあった遊郭!知られざる大人のひらパー「桜新地」跡を訪ねる

大阪府枚方市と言えば京阪沿線のベッドタウンで、老舗の遊園地「ひらかたパーク」なんかもあって関西人には非常に馴染み深い場所だったりするのだが、この街にも昔の遊郭跡が残っていると聞いた。言うなれば「大人のひらパー」といった存在である。

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尼崎連続不審死事件の主犯格「角田美代子」の生い立ちと若かりし頃の痕跡を訪ねる

二十数年間もの長い間、出会った人々を相手に巧みに人心を支配し己のマインドコントロール下に置き、複数の家族の人生を意のままに操っては収奪しては壊し、少なくとも10人以上の人物を死に至らしめた戦後日本屈指の凶悪犯罪「尼崎連続不審死事件」の主犯格...

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消えた関西の新地…貝塚市「貝塚遊郭」と遊女の墓を訪ねる 

大阪の遊郭と言えば飛田新地や松島新地など、戦後の売防法施行後も非公然なんとか地帯として平成の世に生き残る「現役遊郭」が存在する日本国の法律が果たして通用しているのかどうか疑わしい特殊地域なのだが、一方で早々に色街としての歴史に幕を閉じてしま...

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尼崎市の外れの陸の孤島!神崎新地とウチナーンチュの街「尼崎市戸ノ内町」を歩く

大阪の裏名物でもある飛田や松島などの「新地」の歴史を紐解くうちに「神崎新地」という場所の存在を知ったのだが、いかんせん場所も遠い上に壊滅してしまったと聞いていたのでなかなか足が向かなかった。

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金魚田と遊郭跡の「大和郡山」 (3) 洞泉寺町<後編>

大和郡山市洞泉寺町の遊郭跡を探索するため訪れた大阪DEEP案内取材班。 非常に小さな一画だが、往時の遊郭の面影をこれ以上濃密に残している場所を他に見た事がない。 歴史は古く、元和7(1621)年には「士風に悪影響あり」として遊郭が全て取り払...

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金魚田と遊郭跡の「大和郡山」 (2) 洞泉寺町<前編>

奈良市木辻町と大和郡山市の洞泉寺町、東岡町の三ヶ所がいわゆる「奈良三大遊郭」と呼ばれている場所だ。いずれも歴史は古いが昭和33(1958)年の売防法施行とともに歴史の表舞台から消え去ってしまった。洞泉寺町に入ると未だに遊郭時代の妓楼が何...

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