【韓流&阪流】これが大阪名物、在日コリアンの祭典「四天王寺ワッソ」だ!(2007年)

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ワッソ実行委員長の開会宣言が読み上げられた後、日本側の出迎えメンバーが次々入場します。日本最初の女帝としても有名な推古天皇も登場。

推古天皇の甥であり十七条憲法を定め四天王寺を建立した聖徳太子も登場。

朝鮮から渡ってきた船の入国を許可する役を担う「摂津職大夫」が過書を読み上げると、いよいよ朝鮮の使節団の巡行が始まるのである。

まずは古代朝鮮の耽羅伽耶の使節団が登場する。

真っ白な衣装を身に纏った舞姫。

耽羅は古代の済州島に存在した小国家。伽耶は古代朝鮮半島南東部に存在した小国家群であるという。日本と地理的にもっとも近いエリアなので、交流も盛んであったという。

ミカン色の衣に身を纏った多遅麻毛理(タヂマモリ)。日本書紀では田道間守と書かれる。新羅から渡ってきたアメノヒボコの曾孫だそうです。このタヂマモリが常世の国(外国)に遣わされた帰りに非時香菓(ときじくのかくのみ=タチバナ)の実と枝を持ち帰ったと日本書紀には記されているという。

都怒我阿羅斯等(ツヌガアラシト)。凄い風貌と名前だが単に「角がある人」がなまっただけだそうだ(笑)古代朝鮮、伽耶(意富加羅国 おほからのくに)の皇子であり、日本に帰化したと記されている渡来人の一人だ。

現在の福井県敦賀付近に船で辿り着いたとされ、ツヌガアラシトという名前は角鹿(つぬが)となり、現在の「敦賀」という地名の語源になっているというのだ。その歴史を物語るように、大阪から新快速で2時間、福井県のJR敦賀駅前には、都怒我阿羅斯等の銅像が建っている。

続いて登場するのは「隋」。朝鮮ではなく古代中国の王朝である、今年「遣隋使派遣1400年」を記念しての特別出演となった。

隋の舞姫はやはりチャイナっぽい感じの服装でした。

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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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