毛馬桜之宮公園・コリアン祈祷所「龍王宮」跡地 (2)

JR桜ノ宮駅前に今も残る戦後の残滓、廃品回収業者「高田商店」の敷地および在日コリアンの祈祷場「龍王宮」は土地所有者の死去によってその歴史に幕を閉じた。戦後というかそれ以前の1920年代から存在していたとの話もあり、大阪に長年住む在日コリアン独特の土着信仰の聖地として使われてきた。
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既に龍王宮の敷地は取り壊されてしまい存在は幻となってしまった。金網で封鎖された向こうを覗いても、もはや何も見るものはない。


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かつての龍王宮入口前に掲示された看板には「大川(旧淀川)源八橋上流左岸に位置する貯木場跡」だなんてデタラメな事が書かれている。不法占拠バラック、もっと言えば「龍王宮跡」であるが、人知れず消えていく在日コリアンの信仰拠点の存在は一般ピープルの頭の片隅にも置かれる事はない。
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今更「不法投棄禁止」の看板を出されてもさっぱり説得力がないのが大阪らしくて笑えるのだが、そのうちこの場所も綺麗な公園になってしまうのか。いざ龍王宮が無くなってしまうと寂しいものだ。
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続いて大阪環状線の鉄橋南側から龍王宮跡地を見る。こちらも同様に跡形もなく撤去済み。凄まじいバラック建築がここに並んでいた訳だが、それらは全て在日コリアンの祈祷場。
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龍王宮跡の敷地内から大量の枯れ草や伸び放題になった樹木が覆い茂っているのが見える。人の立ち入りを拒み並んでいるフェンスもかつての龍王宮の敷地に沿って置かれている。
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この場所は今なお残る生駒山地に点在する朝鮮寺とも関連している。生駒山麗の石切や鶴橋辺りにはシャーマニズムの流れをくむ朝鮮寺がひっそり残っている。
そうした朝鮮寺から「ポサル(菩薩)」と呼ばれる巫女を呼び、クッと呼ばれる儀式を行う為にこの場所を貸し会場的に利用してきた。龍王宮が取り壊される直前までは月に数回程、この儀式が行われていたらしい。
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龍王宮が無くなった今ではフェンスに「立入禁止」の味気ない札がぶら下がっているのみ。大阪府西大阪治水事務所の管理地です。
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朝鮮の中でも流刑地でもあり差別や貧困に最も近い済州島民が日韓併合、さらに済州島と大阪の定期航路(君が代丸)が結ばれた事を機に新天地を求めて大阪に渡り、貧しさや不安や憤りからこうした信仰に走らせてきた。
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このシャーマニズム信仰も、何も戦後65年間大川沿いを不法占拠しなくても生駒山地や鶴橋でやればいいだろうという話になる訳だが、どうやら「水辺」というのが重要らしく、水辺に宿る水神に供え物を捧げる、また水辺は故郷の済州島につながっているという考え方に基づいてこの場所が聖地として位置づけられてきたそうだ。
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独特のシャーマニズム信仰も在日一世が済州島から渡って80年以上の年月が経過している訳で、未だにそうした信仰を行う者がそれほど多く居るはずもなく、こうした朝鮮寺も消滅の危機にあるとされる。現に龍王宮が消えた事は大阪に住む在日コリアンの中でも時代の流れを象徴する出来事でもある。
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大阪に渡ってきた在日コリアンの殆どが済州島出身者であり、土着シャーマニズムも済州島から受け継がれた文化だが、それが生駒山地に根付く修験道などと習合されて出来た独特のもので、韓国のものとは全く違うものだという。
それゆえ文化を残すべきだという意見の方々もいるが所詮マイノリティの声でしかなく、龍王宮が消えた後どうするのかに付いて話が一切出てこない。パチンコマネーでしこたま儲けてる在日実業家の寄付とか、そういったものがないと今後は難しいかもね。
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そんな歴史の存在すら忘れ去られる毛馬桜之宮公園、春は桜の名所でございます。我々大阪DEEP案内取材班にとって見応えありの穴場は龍王宮だったわけだが、取り壊されてしまい魅力半減。毛馬桜之宮公園名物のホームレス村もいつの間にか行政が生活保護支給基準を緩和したせいかみんな福祉住宅を斡旋されたらしく姿を消した。つまんねー。
いよいよこの界隈も「健全」な空間へと変わろうとしている。大阪という都会の本質に蓋をしただけの、上辺だけの健全な空間へ。
参考記事
龍王宮祝祭行って来ました – 仏教と仏教美術の日々
最後の龍王宮祝祭-もうひとつの水都大阪2010-

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