【バブルの余韻】神戸の一流観光名所「北野異人館街」が随分寂れてしまっている件

1995年の阪神・淡路大震災から四半世紀を迎えようとしているが、相も変わらず人口減少に歯止めが掛からず、福岡市に次いで川崎市にまで人口を追い越されるわ、そう思ったら今度は「大阪のベッドタウンにされてたまるか」と中心市街地におけるタワマンの建設規制を制定するなど、何かと陰気臭い話題が絶えない「神戸市」。

そう言えば、そんな神戸で一番有名な観光地「北野異人館街」は今頃どうなっているのか、ふと気になって足を運んだ。 三宮駅からは結構距離があって、エッチラオッチラ北野坂を登って来ると辿り着く。神戸と言えば誰もが知るこの場所、ちらほら外国人観光客もいるっちゃいるが、京都や大阪のインバウンド景気の恩恵にはそこまであずかれていない模様。

「令和・第二の開国」についていけない神戸・北野異人館街

幕末期の開国直後に誕生した「外国人居留地」としては神戸と長崎が最も多く現存していて、特に大震災で建物の多くが全半壊する被害に遭った神戸では復興のための保存措置が取られるなどしてきた事もあって、未だに異国情緒漂う街並みが見られて、観光名所としては一応健在。

しかし北野異人館街の中心で観光客の溜まり場であるはずの「北野町広場」も、朝っぱらにやってくれば、そのへんのパンをばら撒いてハトに餌をやる“迷惑ばあさん”がたむろしているくらいだ。

「風見鶏の館」をはじめとする異人館街にある有料施設も、いちいち金を払わなければ見られないのと、外国人居留地と歴史的建造物についての造詣が無ければ、分かりやすくてお金が掛からないものが大好きなペーペーの観光客にはすこぶるウケが悪い。

“日本的”なものを楽しみに来ている外国人観光客にとっては京都で文化を楽しんで大阪で食い物を楽しんで関西空港から帰ればそれで満足なわけだから、その動線にない神戸はスルーしてしまうのだ。外国人観光客がぞろぞろ訪れる今の時代、幕末以来のさしずめ「第二の開国」とも呼べる状況だが、生憎ながら神戸はその波に乗れている感じがしない。その昔、関西国際空港を神戸沖に作る計画があったものを当時の神戸市民が突っぱねてしまった結果がこれだとしたら、皮肉なもんですよね。

異人館街の傍らにあるちょっとした土産物屋街も、結構古臭い雰囲気を放った店がちらほら。昔のタレントショップが連なっていた京都の嵐山とか、山梨県の清里とか、そんなニオイが漂ってきませんかね。この建物とか、すこぶる“80年代ファンシー感”がしますよ。

そもそも北野異人館街が「ブーム」となったのが今から40年以上も前、昭和52(1977)年10月から放送されていたNHKの朝ドラ「風見鶏」だという事らしい。今も誇らしげにこんな看板が掲げられてますけれども、ブームが過ぎて相当年月が過ぎた観光名所が“壁”にぶち当たる事って、まあまあよくある事ですよね。

北野異人館街と三宮駅前を繋ぐ「北野坂」。神戸観光がお盛んだった時期には大勢の“オシャレさん”な観光客がしゃなりしゃなりとお散歩しているようなメインストリートだったわけだが…

清々しい朝のひとときを過ごそうと訪れるおハイソ志向な観光客が一気に“げんなり”してしまいそうな、ゴミ拾いのオッサンに遭遇するシーンなんかも日常茶飯事。山と海が近い神戸だが、上流階級と貧民の生活圏もそれだけ近いという現実だ。

そんな北野坂にもちゃっかり進出している意識高い系人種御用達のスタバ(スターバックスコーヒー神戸北野異人館店)。かつての外国人住宅が震災で全壊したものの、この場所に復元再構築した「北野物語館」という建物で、国登録有形文化財指定。こういうところも含めて、さすが神戸における「一級観光地」らしさが出ている。…でも、ここで締めちゃったらなんのオチもないので次の場所へ。

異人館通りのブティック街が結構悲惨なことになっている

北野坂のスタバから少し下ったところから東西に伸びる「異人館通り(山本通)」のうち、特に西側のトアロードに向けて続く一帯を中心に、豪奢な旧外国人住宅などに混じって、バブル経済の残り滓のようなゴツい佇まいのブティックビルが多数建ち並んでいる。

んまあ、こういう感じの建物ですわね。40年前のNHK朝ドラがもたらした「異人館ブーム」以後、それまでよそから見向きもされていなかったこの地域にオサレなブティックビルが雨後の筍の如く続々と建てられまして、今で言うところの南青山かよと思うような、鼻につくほどのシャレオツストリートが爆誕したのであります。

しかし今となってはどないなっとるねん、というと、建物だけごつい赤レンガの洋風建築であるこちらの物件なんかも無残に「管理」と書かれた不動産会社の札が玄関口につけられ“空き家”であることを示していたり…

よく見ると結構あちこちに「テナント募集」の札が掛かった空き店舗を見つけることができる。繁華街である三宮からも若干離れたこの土地、今までブランドイメージで持っていただけで実のところ結構厳しいのではないだろうか。

こちらの建物もさっぱり全然使われている感じがしない。そのうち本格的に廃墟化するのではなかろうか。神戸の衰退を耳にする機会が増えたが、実際に様子を見に行くと殊の外深刻だという事を感じる。

異人館ブティック街の立役者は“安藤忠雄建築”

あと何気に北野異人館街から三宮に掛けて「安藤忠雄建築」がやたらと多いのだが、この「KITANO ALLEY」(北野アレイ)をはじめとして何軒も同氏の建築物が異人館通り付近に密集している。本来ならここも南青山よろしく世界の有名ブランド店が入っていても良い雰囲気なのに、ここも「テナント募集」の空き店舗ばっかり…

先に挙げた赤レンガの空きビルの左隣にある「ROSE GARDEN」も、同じく赤レンガで気づきにくいが、安藤忠雄の作品らしい。北野アレイとここの二軒はどちらも朝ドラブームのあった昭和52(1977)年に建てられたものだというが、全然古めかしさを感じません。まさかこれが42年前の建物だなんて…

北野異人館街界隈は昭和52(1977)年の「朝ドラ以前」と「朝ドラ以後」で風向きが大きく変わったものと判断する。それ以前この界隈はブティック街ならぬ「ラブホテル街」として悪評を振りまいていた場所だったというのだ。観光地化するにつれて、異人館街寄りに限ってはその手のホテルは追い出されて無くなったというが、今でももう少し三宮寄りに行くとそういう場所を見かける。ところで“ブティックホテル”って言葉、この地域に関係してるんじゃないですよね?

そういった見どころある現代建築もちらほら見ながら意識高めに散歩できるのが神戸の一流エリア・北野なのであるが、ここでは南青山のように平日昼間っから1500円超えの高級ランチを犬連れマダムがテラス席で食ってるようなバブリーな“賑わい”はてんで見かけられない。“震災以後”の神戸市はことごとく街づくりに失敗している感があるが、ここでもその事を感じる次第なのであった。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。

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