【現存せず】ドヤ街釜ヶ崎の隣に遊園地?!大阪市の負の遺産「フェスティバルゲート」在りし日の姿

大阪市浪速区恵美須東。日本最大の労働者の街「あいりん地区」(釜ヶ崎)を目前に控えたアウトロータウン「新世界」の一角に大阪市交通局が所有する空き地があった。今は無き市電の霞町車庫があった場所だ。

何を思ったのか、大阪市はこの土地を都市型遊園地施設として作り変えた。ビルの中にジェットコースターの線路が走る奇抜な建物だ。往時の新世界界隈に存在した幻の遊園地「ルナパーク」の再来を思わせる、新たな遊園地の登場に、始めは大阪市民も物珍しげに訪れ、賑わいを見せていた。

1997年7月に開業した「フェスティバルゲート」は、大阪市交通局の土地信託事業「霞町用地土地信託事業」として、第三セクター(株)フェスティバルゲートの運営でスタートした。総事業費は393億円。総面積1.4ヘクタール、地上8階、地下1階建ての巨大な建物だ。

その中には目玉のジェットコースターからお子様向けまで、多彩なアトラクションがすし詰め状態にされ、さらに6階にはゲームセンター、7階にはシネマコンプレックスもあり、また1階から5階部分までが幅広く店舗が入るテナントスペースを用意。

さらにフェスティバルゲートの隣には、同時期に開業した「スパワールド 世界の大温泉」が鎮座する。宿泊施設も備えた豪華な温泉施設だが、こちらは民間会社(株)阪神住建の運営で現在も順調に経営している。

新世界「ルナパーク」の再来が、三セクの杜撰経営で不良債権に 負債は380億円

フェスティバルゲート

しかしフェスティバルゲートの調子が良かったのも最初の年だけだった。初年度(1997年)の入場者数655万人に対し、4年後(2001年)には半数近くの350万人台まで落ち込んでいた。

普通ならばあらゆる手段を使って来客を戻そうと努力するのだが、そこでやはり第三セクターという形態独特の経営判断の甘さが現れている。まずテナントの利用料が高すぎたため、次々と店舗が撤退していく。店が潰れると客も来なくなる負の連鎖現象だ。だが具体的な対策は何一つ講じてこなかった。

集客施設としても中途半端で、遊園地なのかテナントビルなのか立ち位置がどっちつかずで魅力に乏しく、来客にはすぐに飽きられる傾向にあった。そして何より悪い要因が「ドヤ街に遊園地」という立地条件である。

さらに場所柄、どうしてもホームレスや労務者などが居付いてしまうだけに、異常な程の警備員の配置が常態化し、警備費負担が過剰になったとも言われている。

2004年2月には、信託銀行3行からの事業撤退を受け、管理会社である三セクは倒産。負債380億円のうち200億円を、結局は大阪市が負担することになった。わずか6年半で、それだけ巨額の借金を作ったというのも凄い。

2007年1月、大阪市はフェスティバルゲートの利用案をコンペ方式で公募するという手に出たが、集まった5つの案はどれも実現性に欠けると判断され却下、結局は民間に売却することになったが、フェスゲの評価額はわずか8億円程度。年間の維持費用だけでも5億6千万円も必要で、公共利用を続けるのは困難であると判断した。

ドヤ街「釜ヶ崎」の隣に遊園地

梅田・難波・天王寺、大阪の都心を太く結ぶ、赤いラインカラーの大動脈、御堂筋線。その真っ只中に、日本最大の労働者街「釜ヶ崎」の最寄り駅「動物園前駅」がある。

無論、駅名は天王寺動物園のことを指しているが、駅を降りて地上に上がるやいなや見える景色と道行く労務者とホームレス達、どこで仕入れたかも分からないような品物を並べ客に売りさばく闇市、道路には乗り捨てられゴミ溜めになった廃車が並び、そこらじゅうに鼻を突く小便の匂い。

そこはまさに、放し飼いにされた人間達の”リアル動物園”だ。そしてその風景は、戦前も戦中も終戦後も、いかに時代が変わろうとも、この場所だけは昔も今も変わらない。

1階入口部分

そんな退廃的な空気漂う「釜ヶ崎」を間近に控える場所に、どう見ても場違いで悪趣味な建物がある。これがフェスティバルゲートだ。すっかりハコだけ残って魂が抜けた廃墟のような様相を呈している。まるで大蛇のように張り巡らされたジェットコースター「デルピス・ザ・コースター」が建物の外側まではみ出して威圧感を漂わせている。しかし、その場所に遊園地の賑わいと喧騒は存在しない。

1階から入ると、そのまま2階に上るエスカレーターが今でも稼動している。その後ろ側はテナントになっているが全て店舗が撤退し、シャッターが閉じているだけとなっている。地下へ降りる階段があり、地下鉄動物園前駅の改札へと続く。

地下1階階段

フェスティバルゲートの名の通り、大勢の客を迎えるかのような巨大な入口を構えてはいるものの、そこを通る人の姿はまばらである。場所柄、放置すればホームレスが大量に居付いてしまうため、経営破綻した今でも、過剰なほどの警備員が配置されて施設をくまなく巡回し続けている。2階の一部はわずかながら店舗が入っていたが、ここも知らぬ間に撤退していた。

2階ステージ

2階の広場にある舞台。これももう使ってなさそう。

2階テナント(北側)

2階テナント(南側)

新世界側の2階テナント群。見事にシャッター通りと化している。そらもう、廃れまくりや。

動物園前駅側から2階に上がると、大きな吹き抜けになっていて、その正面にはメリーゴーランド「マーメイド・カルーセル」の残骸が痛々しく残っている。破綻後もメリーゴーランドを含め、数軒のアトラクションが辛うじて回っていたが、2005年9月末に全て運転を終了してしまった。

2階吹き抜け

動物園前駅と新世界を結ぶ通路にもなっている2階部分が事実上のメインとなっているのだが、かつて賑わいを見せていた通りもすっかり廃墟と化してしまった。ほとんどの店が撤退、今では「モスバーガー」と、隣のジェラート屋、それから「大阪プロレス」が残っているのみだ。

大阪プロレス

これらのテナントも、今年7月までには全て撤退することになっている。フェスゲ動物園前駅側の入口部分の吹き抜け。この中央にかつてはメリーゴーランドが回っていた。

5-11.jpg

子供の歓声はもう聞こえない。

2階案内表示

2階でもこの有様だから、上に行くとさらに酷い。以前なら階段を上って行けた部分も、あちらこちらがトラ柵で封鎖されてしまっている。

インフォメーションセンターも閉鎖された

今年4月からは、とうとうインフォメーションセンターまで閉鎖してしまった。受付嬢が暇そうに座っていたのだが、それも居なくなって、最後に残るのはやはり警備員の姿だ。

2階案内表示

寂しく残る、往時のフェスティバルゲートの看板。「そらもう、遊びまくりや。」わざとらしく大阪弁で書かれているのが痛々しさを増している。こんな失敗事業を計画したお役人達は会社を破産させても何食わぬ顔で役員報酬・退職金を全額支給されて、そらもう、遊びまくりかも知れんがな。

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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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