【大正区】全室DIY自由!大阪ベイエリア工業地帯の軍艦マンション「千島団地」を歩く

かつては紡績業で隆盛し「東洋のマンチェスター」の異名を誇る重工業地帯として、また港湾労働者がひしめく港町としても栄えた大阪ベイエリアの一角を占める「大阪市大正区」も、産業の衰退や環境の悪さから住宅人気には滅法乏しく、人口減少が激しい地域となっている。

しかしそんな大正区の中にある、築50年に近付こうとしている大型団地「千島団地」には、いま若い世代が続々と流入しているというのだ。ここも他の老朽化団地と同様に元の住民の高齢化問題を抱えていたはずの場所だが…ちょっくら歩き回ってみる事にしましょうね。

高度経済成長期、大阪ベイエリアに労働者層を受け入れた巨大軍艦団地

千島団地は昭和47(1972)年に街開きした、住戸数2,236を誇る大型団地である。5棟の住居棟はいずれも高層で、9階建ての5号棟を除いた11階建ての1~4号棟は見ての通りのガッツリした佇まい。70年代の団地にありがちな、やたら四角張った造りのコンクリート建築に各住居スペースが整然と配置されている。

この千島団地の全景を眺めるには、団地の東側を流れる木津川を行き来する市営「落合上渡船場」から渡し船に乗り、対岸の西成区北津守側へ回ると良い。大阪のど真ん中にもさながら“軍艦マンション”と呼べる代物があったんですね。

しかしこの千島団地、ただでさえ工業地帯で環境の悪い大阪ベイエリアの大正区の中にある上、区内唯一の鉄道駅であるJR大阪環状線および地下鉄長堀鶴見緑地線大正駅からも遠く、都心に通勤するようなホワイトカラー層の人間からはまず見向きもされない。アクセスは大正駅から市バスに乗るのがデフォ。

千島団地は元からベイエリアの工業地帯に勤める労働者層の受け皿となった団地であり、中心的な住民の層はお世辞にも良いとは言えない。夜中にはクソみたいなヤンキーがたむろするわ、お察しの住環境である。今でもネット上では「千島団地」で調べると「治安」だの「心霊」だの「爆発」だの、不穏なワードが候補に出てきますけれど、なんやねん「爆発」って…

だが、そうした労働者世帯も半世紀近くが経っていよいよ高齢化し、大正区の著しい人口減少に合わせて団地も老朽化の末、続々と住民が転出する羽目に。ただでさえ不人気な大正区、街に活気をもたらすにも普通の手段では太刀打ちできない。この状況に危機感を覚えたのは、団地を管理する当のUR都市機構である。

「全室DIY可」で若い世代を惹き付ける工業地帯大正区の団地

千島団地は全棟が日本住宅公団が建設した住宅となっている関係で、今も5棟全てがUR賃貸住宅として管理されている。しかしこの団地に限っては「全室DIY可」という、他の団地には見られない特徴を取り入れた。賃貸住宅の常識中の常識である「原状回復義務」も、千島団地では原則免除される。こりゃ大胆だね。

団地内の商店街もすっかり寂れているのだろうと思いきや、DIYやりたさに千島団地に引っ越してきた新住民向けに壁紙やペンキ、床材など“セルフリフォーム”の材料を販売したり工房を時間貸ししている「壁紙屋本舗」というシャレオツ風味なお店があったりするわけで、随分気合が入っている。

2016年11月以降、千島団地全戸でDIY可としたところ20代・30代の若年層の転入が増え続け、これまで人口減少に苦しんでいたはずの大正区も近年「転入超過」を迎え、喜ばしい状況となっているらしい。それでも微々たるものでしょうが…団地の壁にはイマドキっぽいペイントアートが各所に見られ、古い団地特有の陰鬱な空気はどこにも見当たらない。同じ大正区にはIKEAもあるし、そういうのが好きな層にはウケは良いだろうね。

団地のペイントアートに記された「TAISHO UP」のワード。明治、大正、昭和、平成と時代が変わっていく中で、大正区にとっては衰退の一途を辿った時代が平成だったわけだが、千島団地の変貌で、平成の最後でちょっとだけ巻き返しを図れた格好か。ちなみに大正区は木津川に架かる大正橋からその区名が付けられた。昭和7(1932)年に港区から分区されている。

団地内の広場には遊具の揃った児童公園もあれば、隣接する「千島公園」もあり、子供の遊び場には苦労しない。しかしDIY好きなクリエイティブで自分磨きに余念が無い若々しい住民に「子育て」はまだ早い。この団地で子供の姿が増えるのはもうひと回り過ぎてからになるか。

その一方で、おじいちゃんおばあちゃんとなった旧住民の貴重な老後の楽しみになっている自家菜園コーナーもあるのだが、やたらと見た目がカオス過ぎる件。

住民が各々私物を持ち込んでは縄張りを主張しているように思えてならない、ちょっと異様な自家菜園コーナーだ。特にいちいち厳重にフェンスで囲われているのは「野菜泥棒」除けなのか?!場所柄、そういう事もありそうですけども。

さらに千島公園の中には標高33メートルの「昭和山」なる人工の山もそびえている。山頂に登れば周辺の工業地帯が一望でき、さぞかし大阪ベイエリアの住環境の悪さを認識できよう。高度経済成長期に地下鉄工事で出た大量の残土をこの場所に積んでできたものだ。

千島団地暮らしは“アリ”なのか?

ところで、UR都市機構のページで千島団地を見ると、お家賃相場は38,900円~71,500円(共益費4,700円)と、大阪市中心部に程近い立地では破格とも言える。単身者向けの1LDK、44㎡の一室も共益費込みで5万円を切る。しかもDIY自由。普通の賃貸マンションではまずありえない。電車の駅から遠く不便だという声も「チャリで難波まですぐ行けるやん」と割り切る事ができれば苦にはならない。

千島団地が“DIY自由”で活気を取り戻し、大正区としても人口減少に歯止めが掛かりそうな出来事で安堵しているようにも思えるが、そもそも老朽化している団地の事、DIYやりたさに引っ越してきた若い世代がそのまま定住するとは思い難い。いずれ住民達も結婚して子供が生まれて、その後もここに住みたいと思える環境だろうかね。大正区なんて…団地を管理するURとしては一安心だろうが、街の将来まで考えれば決して楽観視はできない。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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