【街並み昭和遺産】天王寺から阪和線で一駅、激渋ガード下建築群が連なる「美章園」を歩く

今から76年も前もの第二次世界大戦の終結、その後の貧しい時代を生き抜いて、その生の記憶が残る世代も80代とか90代である。既にこの国においては戦争を知る者の語り部となる人々がこの世から居なくなろうとしている中、そんな世代の人達が終戦後の住宅難極まりない時期に生活をしていた場所の一つが、鉄道の高架下。

そこでは人々が年がら年中、頭の上を電車がガタンゴトンと轟音を立てながら走り抜けていく場所を日常生活の地としていた。平成生まれには想像もつかない環境だろうが、そうした「高架下ハウス」は近年の防災意識の向上や建物の老朽化などで続々と姿を消し、特に東日本大震災が起きた東京では急激に解体が進み、もはや“絶滅危惧種”と言っても差し支えがない程のレア物件である。

しかし一方の関西では、昭和の貧しさを地で行く「高架下ハウス」がまだまだ健在な場所がそこかしこに残っている。その代表格とも言える存在が大阪市阿倍野区、JR阪和線で天王寺から一駅隣にある「美章園駅」の周辺だ。普段はあんまり乗るきっかけもないような路線ですけれどもね…

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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。
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