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最強の怨霊・崇徳天皇を祀る日本最強の縁切り神社「安井金比羅宮」にお参りしてきました

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日本は八百万の神の国。全国津々浦々にいろんな神様があらせられる訳だが、2010年の初詣にと京都を訪れた取材班。普通の神社ばかりに行くわけもなく、かねがね噂に聞いていた「縁切り神社」なる場所の存在を聞き、京都は祇園へと足を運んだのである。

その神社の名は「安井金比羅宮」と言い、崇徳天皇・大物主神・源頼政の3柱を祀る。この神社が「縁切り神社」と呼ばれるのには、同名の田口ランディの小説が有名であるが、それ以上に祭神である崇徳天皇について語らなければならない。その辺の解説は後回しにして、この神社が普通の神社とどう違うのか、まずはビジュアル面で伝えていこう。

四条河原町から祇園方面へ向かい、八坂神社前の祇園交差点から東大路通を南下すると「悪縁を切り良縁を結ぶ祈願所」と記された看板が現れる。これが「縁切り神社」。建仁寺の東側に位置している。

その鳥居の横には神社の由来が書かれた看板が立てかけられている。神社自体は1695年に創建されているが、その前身として崇徳天皇を慰霊するために建立された観勝寺があったと記されている。

東大路通に面した鳥居から少し奥まった所に本殿があるのだが、その途中には一軒のラブホテルが。この時点で普通の神社のテンションではない。参道はラブホテルの横に続いている。

初詣客がずらりと行列を作る先には、まるで「かまくら」のような形の穴の開いた物体が置かれている。これがある事で境内に異様な雰囲気を作り出している。行列を作っている参拝客はその穴を潜るために並んでいるのだ。

これが「縁切り神社」たる一つのシンボルとなっている「縁切り・縁結び碑(いし)」。穴を表から裏に潜ると「縁切り」、裏から表に潜ると「縁結び」のご利益が授かると言われるもの。讃岐に流された崇徳天皇が一切の欲を絶ち金刀比羅宮へ参籠(おこもり)し修行に励んでいた事に由来している。

しかし穴は見るからに小さい。デブでメタボなオッサンはまず通る事はできんだろう。

一心不乱に穴を潜る信心深い参拝客は殆どが女性であることに注目しよう。この神社へ来るというのは、縁結びはともかく、縁切り祈願に訪れている訳なのだ。

もっとも縁切り祈願の対象は「人」だけに限らず、賭け事、アルコール、疾病等に対してもご利益がある。

穴を潜った後は石の表面に願い事を書いた札を貼って終了となる。いつ来ても夥しい数の札だ。田口ランディの小説「縁切り神社」の表紙に使われている写真もこれだ。

神社と寺のオンパレードな京都でも、伏見稲荷大社・清水寺・八坂神社・下鴨神社といったメジャーな場所には凄まじい数の参拝客が訪れる一方で、この安井金比羅宮は比較的参拝客もまばらで落ち着いた雰囲気を保っている。

また境内には日本の神社でも珍しい絵馬ギャラリー「金比羅絵馬館」もある。絵馬の歴史を学んだりできる他、手塚治虫等著名人が書き記した絵馬も展示されているそうだが、我々が来た時には既に閉まっていた。オープンは夕方4時までなのだ。

金比羅絵馬館も見どころがあるようだがそれ以上に気になるのが、境内の絵馬掛け場に掲げられた絵馬の数々だ。

しかしここに書かれているのは男女の痴情のもつれから生じた恨み辛みのオンパレードだったりしてかなり香ばしい。結婚詐欺にでも引っかかったのかよくわからんが個人のメールアドレスまで晒し者にしてヤバイ。安井金比羅宮にはこういう絵馬が大量に掲げられている訳である。

もっとも、半数以上の絵馬が何の他愛もない願い事。主に職場の上司との関係を絶つ事を願うものや、旦那のギャンブル癖や家族の病気などを絶つ願いが記されているが、その一方で目立つのは「女の情念」が詰まった異様な絵馬。セクハラ上司が消えますように程度は軽いジャブである。

中には不倫関係の恋人と結ばれるような願いを記す不貞の妻もあり。○ッキーさんもお参りに来られると良いかも知れません。

一つ一つ絵馬を見る度、それぞれの絵馬を書いた女の人生と人間関係の取り巻きについて想像を巡らせてしまう。こういう系統の願い事を書いている絵馬で男が書いたものは皆無なのだ。女って怖いね。

しかし中でも最も恐怖だったのが、小さく丁寧な字で表裏両面に10人近い個人名を挙げて「苦しみぬいて死ね」「身内から見放され孤独死しろ」「妻が流産して二度と子供が出来ない体になれ」と暴虐の限りを尽くした呪いの絵馬だ(笑)

一体どれだけ人を恨めば気が済むのだろうか。常軌を逸している。しかしこれもひとえに崇徳天皇の力が呼び寄せる人の情念の権化であろうか。

そして境内を少し外れればそこは男女の憎念渦巻くラブホ街。この環境が尚更安井金比羅宮をある意味究極のパワースポットに仕立て上げている。

かつて安井金比羅宮の地には崇徳天皇がこよなく愛したという藤棚があり、現在も境内には藤棚が金比羅絵馬館の前に置かれている。ここに寵妃である阿波内侍を住まわせ、度々行幸したとされる。

崇徳天皇が流刑となり讃岐の地で仏教に帰依しその後崩御したが、阿波内侍も出家して尼となり日夜勤行したという。流刑の地から送られてきた崇徳天皇自筆の尊影を彼女は下賜されていた。離れ離れになっても愛し合って居たのだろうか。

鳥居の真ん前にラブホの看板がずらりと並ぶ異様な光景も、歴史を紐解けば必然である気がしなくもない。そもそもこの祇園という土地そのものが男女の情念が渦巻く世界なのだと考えると納得できる。

神社から少し離れた場所に崇徳天皇御廟がある。言うまでもなく安井金比羅宮の祭神であるが、天皇陵にしては相当小さな扱いを受けている。

保元の乱に敗れ、愛する寵妃・阿波内侍と離散し遠く離れた讃岐の地に島流しされた崇徳天皇は死する直前、世の中を恨み抜いて「日本国の大悪魔とならん」と自らの舌を噛み切った血で記したとされている。

流刑の地で仏教に帰依し、一心不乱に書き記した五部大乗経の写本を「京の寺に奉納して欲しい」と朝廷に差し出したが「呪詛が込められておるのでは」と拒否し送り返された。それに激怒した崇徳天皇はその写本に自らの血で呪いの言葉を書き綴ったと言われている。

崇徳天皇は、菅原道真、平将門と並ぶ「日本三大怨霊」として知られる存在で、その崇徳天皇を祀る神社に恨み辛みの絵馬でびっしり覆い尽くされるのは何ら不思議な事ではないのだ。

ともかく、人を恨んでばかりじゃよくないですよ。参拝者のお姉様方。



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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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