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鶴浜埋立地

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長堀鶴見緑地線が延伸するまで長らく地下鉄の空白地帯だった大阪の沖縄「大正区」。
大阪には戦前から移民のコミュニティが形成されており、生野区民の4人に一人が在日朝鮮系ならば大正区民の4人に一人が沖縄系なのである。

そんな大正区の一番奥地「鶴町」の一帯にも、大阪市港湾局の計画で造られた広大な埋立地が、長い間更地のままで残っていた。その名も「鶴浜埋立地」。

鶴浜埋立地



「テクノポート大阪計画」の赤字遺産は南港・北港ばかりではなく、こんなところにも隠れていた。

鶴浜埋立地

遊覧船サンタマリア号の船上から鶴浜埋立地を撮影(2006年春)



誰も使わない広大な空き地が作られた事に340億円の税金が投入されていたという馬鹿げた事実は、当の大正区民にもあまり知られていない。

鶴町は大正区でも最も奥に有り、尻無川と木津川の両岸に挟まれよそからの往来がほとんど無い土地だったが、港区側から繋げられた巨大橋「なみはや大橋」が1995年に開通してからは天保山方面への車でのアクセスも効く様になった。

なみはや大橋が大正区側に降りる地点がちょうど「鶴浜埋立地」の真ん中あたりになるわけだが、長らく港区に住んでいたこの自分の記憶では、なみはや大橋は随分前から港区側の部分だけ土台が完成したまま放置されていて、一体いつになったら橋が出来るのだろうかと不思議に思っていたのだが、実はなみはや大橋が大正区側に降りるための土台を置く場所がなかったために仕方なしにここを埋め立てて土地を確保したのかと思っていた。

どうやら当初から「鶴浜埋立地」の目的はそれだけではなかったのだ。
鶴浜沖を大阪市が埋め立てたのには、ある開発計画があった。

1979年計画開始、1985年に鶴浜埋立地の工事着工。完成後にはここに大規模な物流基地を作る予定だったという。

だが、当初の目論見通りにはいかず、大阪港の貨物量が激減したことから1997年に予定を撤回。天保山の「海遊館」ならぬ、「陸遊館」といった観光施設や住宅施設を作るように方針転換。

だが、大阪市の財政悪化により2001年にはそういった開発計画を全て断念することに。


なみはや大橋

港区側から「なみはや大橋」を渡る。降りた先の広大な更地が「鶴浜埋立地」。
なみはや大橋の大正区側に料金所のゲートがある。
この巨大橋の構造も、橋自体が大きくカーブしていたりして傍目から見てかなり珍しい。

あまり利用者もいない割には総工費217億円もかけて作った超豪華橋でもある。
自動車100円、原付10円の通行料で一体元が取れるのかどうか。
だがドライブコースとしては眺めも抜群で最高の橋だ。
しかしこれまで散々大阪市内で有数の陸の孤島だった鶴町地区に出来た、地元民待望の橋でもある。

見た目とは裏腹になんと歩道も併設されているので、健脚な人はぜひ徒歩で登ってみるのもよい。

渡った後は鶴町の和菓子屋さんで「なみはや大橋まんじゅう」を買って食うのが大阪通(多分誰も知らない)

さらに2003年4月には鶴町と同じ大正区の北恩加島と繋がる「千歳橋」というデカい橋が開通している。こちらは総工費133億円。

千歳橋

昭和30年代に大正内港の浚渫によって旧千歳橋がなくなり、その代わりの鶴町住民の足を長い間、大阪市営の無料渡船「千歳渡船場」が務めてきたが、新しく出来た千歳橋は大正内港を跨ぎ、他の木津川大橋などと同じく船舶を通さなければいけないという理由から相当高い場所まで上がるため、自転車や徒歩で動く鶴町の一般住民からは敬遠されてしまう。

ここもやはり車の往来が極端に少なく、従来どおり渡船場だけで間に合っていたわけであり、わざわざ133億円も掛けてごつい橋を架けた意味があるのかどうか疑問である。

ここが鶴浜埋立地の入口部分。当然関係者以外立ち入り禁止。
しかし、看板の下の社名を見てまた笑ってしまった。

大阪港埠頭ターミナル

どうやらこの土地を管理していたのは、あのブロッコリーやカボチャやバナナの産地偽装をしでかした、困ったちゃんな三セク会社「大阪港埠頭ターミナル(株)」だったようである。当初の計画では大規模な物流基地を作る予定だったのでその関係でこの会社が管轄しているのだと思うが、改めてこの場所でこのダメ会社の名前を見るとは予想していなかった。

港大橋

鶴浜沖から正面に見える赤い橋は阪神高速湾岸線「港大橋」。
昭和49年にできた、大阪港のシンボル的存在である。

OTSの海底トンネルができる前はあの橋だけが港区と南港を結ぶ唯一の交通手段だった。
そして手前に広がるのが鶴浜埋立地。

財政難が厳しさを増した大阪市は結局この埋立地をどうすることもできなくなったわけだが、とうとう埋立地ごと「民間に売却」することを決めた。そして最初に名乗りをあげたのは新潟県三条市に本社を置く「アークランドサカモト」というホームセンター事業を主体とする会社だった。

鶴浜埋立地をまるごと「巨大ショッピングモール化」しようとする計画に大正区の商店会連盟は一斉に反対の声を挙げた。

詳細記事
まちを破壊する超大型店出店計画 大阪市は大型店への土地売却撤回を

オノレの開発計画の失敗のツケを、地元の商店街を潰してでも乗り切るつもりか!ええかげんにせえ!…と商店会の方々は憤懣やるかたない様子である。

だが、すでに大正区内には大型ショッピングモールが誕生している。
2001年に千島の公団住宅のまん前にできた「千島ガーデンモール」である。

南国風のオシャレな外観。それから衣食住、沖縄風味なスーパー銭湯(といいながら名前は「やまとの湯」)、なんでも揃う名店(全国チェーンがほとんど)が立ち並んだショッピングモール。爺さん婆さんならともかく若い世代の人間相手なら断然集客力が違うだろう。

現在の鶴浜埋立地
IKEAができてます。。。

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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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