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今でこそ大阪市港区は大阪随一のデートスポットで有名になっているのだが、それまではしこたま地味で柄の悪い港湾労働の街として名を上げていた。

戦争で被災した後、昭和36年に大阪市交通局が現在の地下鉄中央線を建設し(弁天町-大阪港)、その頃から市営住宅の建設が急ピッチで進められた。
市営住宅が作られる度、西成と同じように労働者の街としての勢いを増していった。そして街のDQN度もどんどん強化されるに至ったのだ(笑)

西成と違うのは単身者よりも所帯持ちが多かった事だろう。
実は言うと私、逢阪の家族も、港湾労働者としての仕事を求めてこの地に移り住んだクチである。

とはいえやはり「港区」と名がつくだけあって、八幡屋の街の一角には今でも港町を思わせる高い堤防に区切られた場所があり、何気なく上に登ってみると...

このように船溜まりになっていたりして、多くの漁船が係留されているのを見る事ができる。つまり漁港であることを示しているのだ。実際に八幡屋には「大阪市漁業協同組合」の建物も存在する。

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天保山ハーバービレッジ、海遊館で有名な大阪市港区。
現在のように観光地化される前は、港湾労働者が多く住む下町だった。
大阪港の中心が南港に移ってからは、労働者の街としての活気は失われ、今では大阪ベイエリアという観光地めいたイメージが強い。

私、逢阪まさよしの地元である。

私が港区の八幡屋出身だと言うと、たいていは「海遊館のあるところでしょ?いい所やね」と言われるが、昔を知る港区民は、ここが西成に次ぐ巨大な港湾労働者の寄せ場の街でありガラの悪さで言えばナンバー2と警察が言うくらいの土地であったという事を知っている。

誰も知らぬ者は居ない、あの広域暴力団の山口組だって始点は港湾労働者の荷役派遣事業者(人夫出し)だった。そんな歴史的背景もあって、現在もこの界隈には暴力団事務所が多い。

だが現在では寂れ方が凄まじく、特に八幡屋商店街と、隣接する港中央市場、八幡屋市場を含んだ商業地は廃業した店があちこち虫食いのように穴を開けている。

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地上を走る地下鉄中央線の車窓からも見下ろす事が出来る八幡屋商店街の入り口。
入り口の両側がパチンコ屋な時点でこの街の性格をよく表している。

ところが、この左側のパチンコ屋ですら廃業してしまった。
それだけ、活気が失われている。
少しこの商店街をうろうろしてみましょう。

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