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京都最大のコリアタウン「トンク」こと東九条。戦前から朝鮮半島から労働者がこの地に渡ってきた歴史的経緯で、この周辺の街を歩くと至る所に焼肉屋やホルモン屋が目立つ。
おおよそ京都駅の目と鼻の先とは思えない光景が広がるパラレルワールドを引き続き散策する。

東九条地区のあちこちには市営住宅が目立つ。隣接する崇仁地区と同様、独特の歴史的経緯があってのことだが街並みは総じて寂れている。団地の前には「犬のふさすな」と飼い主への警告文。やはりちょっと日本語が不自由のようだ。

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日本の古都として歴史の中心にあったこの京都には、表の歴史もあれば裏の歴史もある。毎日多くの観光客が乗り降りする京都駅前。そこから南方向へ少し歩くと「東九条」がある。通称「トンク」。京都最大の在日コリアン集住地として知られている。

その存在を世に知らしめたのは井筒監督の映画「パッチギ!」であり、主人公である李一家が住まうバラック住宅が東九条にあったという設定なのだが、京都観光に訪れる人々も、京都市民ですら近寄らない魔境として、長らく京都駅前という場所にあるにも関わらず見捨てられたかのような街並みが未だに広がっている。

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2007年の暮れに長田区を訪問した時に発見した、六番町の廃墟住宅群。それは震災の爪痕なのか、それとも再開発計画による立ち退きなのか、詳しくは知る事ができないままでいるのだが、その時は日が暮れてしまいじっくり探索する事ができなかった。

再度2009年の暮れに同じ場所を訪れた。

新湊川の堤防の上から見える廃墟住宅群はさらに年月が経過して、荒れるに任せる状態で放置されている。周囲は市街地の真ん中であり隣の路地にも普通に人が暮らしている訳だが、なぜかこの路地に面した住居だけがものの見事に廃墟となっている。

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長田区の超下町ゾーン「番町地区」の成り立ちは明治時代に旧湊川の河川架け替え工事で開けた土地を区画整理する際に東京千代田の番町地区にならって付けられた地名であり、一番町から七番町までの区画が広がっている。そこに住みだしたのは、長田の地場産業であるケミカルシューズ製造に従事する労働者だ。

その番町地区の北端には新湊川が掛かっている。やけにコンクリート護岸が高い川でありあまり安らげない。とはいえこんな形になってしまうのも神戸独特の地形が絡んでいる。

大雨が降ると上流の六甲山系から流れてくる大量の雨水が鉄砲水となり一気に押し寄せるからだ。神戸では鉄砲水で水遊び中の家族が流されて死ぬ事故も度々起きている。度重なる水害から身を守るための知恵である。

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西成区がDEEPなのは何も釜ヶ崎や飛田あたりだけを見て言っている訳ではない。西天下茶屋の銀座商店街はじめ、この界隈の下町のレトロ具合は半端ではないのだ。

やはりこの辺りの街も寂れている感は否めないのだが、かつては沢山の工場勤務者が住み賑わっていた痕跡が伺える。この街に漂う儚さもどこか心の琴線に触れるかも知れない。一番私が写真に収めたくなるのは、こういう風景だ。

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次なる場所は「生國魂神社」の真裏にある公園。
これまた、何の変哲もない公園で、住人であろうとも前を通る人にとって見過ごしていても不思議はない。

しかし、この公園の奥に目を見張るような廃墟が存在する事は、あまり知られてはいないだろう。

公園の一番奥に見える「HOTEL」の文字の看板。
しかしそのいでたちはとっくの昔に消えて無くなったかのような前世代の遺産ともいえる風情を残す。

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闇市の歴史が今も残るダークな街、上本町。

「うえほんまちハイハイタウン」を中心に、上本町界隈はターミナル駅とは思えない裏寂れた姿を見せ続ける。戦後のドサクサで三国人が不法占拠をしたと言われている土地は日本各地に無数にあるが、この街の異様な光景は探せば探すほど掘り出し物のように出てくる。

少し谷町筋側に歩くと、路地裏にのっけから崩壊した廃屋が野ざらしにされている。

本当に駅のまん前だというのにこれはねーぞ。
完全に崩壊してしまった日本家屋は、恐らく戦前に建築されたものであろう。
崩壊のあまり、危険防止の囲いがされている程の勢いだ。

一体どうなっているんでしょう。

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かつて高度経済成長や一億層中流意識を経て日本人の誰もが夢を見ていたであろう「マイホーム」の夢。
その夢は一度昭和末期のバブル経済によって庶民の手から遠ざかってしまうのだが、その時代に、大阪郊外にも高騰する土地の問題を鑑みて、思いっきり遠方の山奥を削り造成された、小規模なニュータウンがいくつか存在する。

大阪近郊、千里、箕面や川西、または神戸北部、そして生駒や奈良、もしくは泉南、南河内、はては名張といった場所に、山を切り崩したニュータウンは数あれど、電車も高規格道路も通らぬ茨木市北部の山中にこんな名前のニュータウンがあるという事をご存知の方は少ないかも知れない。

その名は「茨木台ニュータウン」。

場所は大阪府茨木市の最北端。JR茨木駅からは直線距離でも優に15キロ以上は離れている。というか、茨木台と名乗っていながら住所は「京都府亀岡市東別院町鎌倉見立」。亀岡なのだ。

航空写真で現地の状況を見れば、いかに滑稽なニュータウンなのかが一目で分かるだろう。


拡大地図を表示

「茨木台」とは一体どのようなニュータウンなのか。はるばる現地まで訪ねてきた。
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引き続き、大阪最強「都会の田舎路線」南海汐見橋線の沿線をぶらぶらしていきます。

汐見橋線レポートの続編です。初めからお読みの方はこちらからどうぞ

汐見橋線の車内
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大阪市内でも唯一自然が残る場所として辛うじて自慢が出来るのが淀川の河川敷だろう。川の汚染も一時期よりは比較的マシになったし、そこには数多くの魚や野鳥、野生動物、そしてホームレスを見かけることができる。

「大阪DEEP案内」ではこれから数回に分けて淀川河川敷の多彩な姿をカメラに収め、記録していこうと考えている。

赤川鉄橋

まず最初に訪れたかったのは、淀川に架かる数多くの橋の中でも、歩行者しか渡れない謎の橋があるということを聞きつけてやってきた「赤川鉄橋」だった。正式名称は「城東貨物線淀川橋梁」。長さ610メートルのトラス橋で、大阪市東淀川区東淡路と都島区大東町の区間に架かっている。
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大阪城公園にはかつて、第二次世界大戦が終結するまでの間、アジア最大の兵器工場「大阪砲兵工廠」が存在していた。大村益次郎の構想により、明治初期からこの地に建てられ、戦争の激化とともに工場を拡大、末期には
土地596万平米を有し、およそ6万人もの人々が働いていたと言われる。

終戦の前日、昭和20(1945)年8月14日に、米軍による一トン爆弾を用いた猛烈な爆撃によって徹底的に破壊され、その跡地は膨大な鉄くずに混ざり不発弾などが大量に紛れ込み、あまりに危険すぎて20年間手付かずのままだった。

それが今になって、大阪城ホールや天守閣などが広がる、市民の平和な憩いの場として公園が整備されているのだが、その大阪城公園にも、現存する「大阪砲兵工廠」の痕跡がたくさんある。それらを見に訪れた。
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阪急の東側を中津方面に向かうと、茶屋町というエリアがある。
阪急梅田駅から徒歩圏内にありながら長らく開発されていなかった地域だったが1990年代から開発が始まり、現在もじわじわと再開発計画が進んでいる。

毎日放送

茶屋町エリアにはMBS毎日放送の本社や「梅田ロフト」などがある。土日ともなればロフト目当てに買い物or遊びに訪れる客も多い。
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大阪・新世界のミステリーな出来事を一つ。

謎の廃ビル

フェスティバルゲートとスパワールドの間にある大階段から通天閣を望む場所の右側を見ると、不自然な空き地があることに気が付く。しかも焼け残った建物が解体すらされず野放しにされているではないか。

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大阪都心から40キロ、関西国際空港のお膝元・泉佐野市。
愛媛県今治市と並んでタオルの生産日本一の町として知られている。

りんくうタウン
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川口交差点、ちょうどバス停のまん前に、異様な風貌の建物がある。

廃墟?

こんな大通りに面した場所に、使われもしない5階建ての住宅が放置されている。上の階からは破れてボロボロになった障子紙が見える。

川口ビルディング

これは大阪市住宅供給公社が管理する「川口ビルディング」という建物である。
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地下鉄阿波座駅で降りる。

地下鉄阿波座駅

この周辺は、今でこそすっかりひと気のない街になってしまっているが明治時代までには大阪経済の中心的役割を果たしてきた場所で、外国人居留地だった川口居留地や、大阪市中央卸売市場の前身だった「雑喉場の魚市」、そして廃藩置県により初めて大阪府が誕生した時に府庁がここに建設された。
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osaka-masayoshi.net

関西探訪ライター「逢阪まさよし」率いる取材編集班が、大阪周辺のあらゆるディープスポットの 情報を取材写真と共に惜しみなく垂れ流している、タウンガイドサイトです。
ダメポ物件から史蹟、下町からコリアタウンまで、大阪だけに留まらず近畿一円を駆けずり回っていましたが、 本人が東京に引っ越してしまったので更新が止まっています。 たまに溜まっているネタを書き出す事もありますが気長に見守ってください。
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