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梅田の隣にありながら発展とは程遠い存在にある中津の街。阪急中津駅の北側、中津三丁目の界隈は奇跡的に空襲を受けずに済んだ古い下町が残っている。

街の真ん中を南北に貫く「中津商店街」。かなり間口も狭く、うっかりすると通り過ごしてしまいそうな存在だ。阪急中津駅の改札を降りて徒歩1分半くらいの至近距離にある。

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神戸DEEPゾーンと言えば、新開地に続いて見逃してはならないのが「長田区」の存在である。日本のケミカルシューズ産業の集積地である長田区は古い木造家屋が密集する下町地帯を中心に震災の被害で壊滅状態に追いやられたが、それから15年以上が経過した。

長田区の街並みはいたって平穏を取り戻しているが、そんな中で未だに人も住まない廃墟住宅群が取り残されている一帯がある。以前訪れた時に詳しく探索する事ができなかった「五番町・六番町」の界隈を再訪問するため、再度長田の町を訪れた。

神戸高速鉄道に乗って高速長田駅に着いた。年末年始の寒波襲来でやたら寒さに震えていた大阪DEEP案内取材班。久々に訪れた長田の町で早速立ち食い「山陽そば」で腹ごしらえをすることに。もちろん食べるのは「ぼっかけうどん」である。

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大阪のDEEPは散々行き尽くしてきたが、神戸のDEEPと言えばやはり「新開地」を外してはならない。そもそもこの地名からして飛田や松島の「新地」と同じ意味を成しているのだ。

1905年に旧湊川河川敷埋立地に作られた神戸新開地は「福原遊郭」を核にして、映画・演芸場・飲食店が軒を連ねる神戸最大の歓楽街として形成された街なのである。一時期は「東の浅草、西の新開地」とまで言われていたその土地を、どうしても見ておきたかったのだ。

神戸新開地の繁華街の軸となっている新開地商店街はJR神戸駅に近い6丁目から神戸高速鉄道新開地駅前を経て地下鉄湊川公園駅に近い1丁目まで、南東方向から北西方向に長く伸びている。今回は1丁目と2丁目を重点的に歩いてきた。

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さらにアンダーグラウンドな高架下商店街を進む大阪DEEP案内取材班。7番街まで続く「モトコー」の端まで歩き尽くして来た。

ガラクタ屋だらけの4番街を抜けると次は「モトコーファイブ」。語感がどこかしら戦隊モノっぽくて少しカッコいいが、7つある元町高架下商店街の中では最も距離が短くあっと言う間に通り過ぎる。

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JR元町駅から神戸駅までの高架下部分がまるまる商店街と化している「元町高架下商店街」を訪問。そこには震災にも負けず昔ながらの佇まいをそのまま残す昭和レトロ全開な光景が広がる。

続いて元高3番街。元町駅から遠ざかるに従い人通りも一気に減る。裏寂れた空気が強まるガード下を六甲おろしが吹き付ける。寒い。

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神戸を代表する観光地・南京町中華街や元町商店街などがある元町駅周辺。観光客や買い物客の流れは一向にそちらの方にばかり集中する訳であるが、大阪DEEP案内はそういった場所には目もくれずJR神戸線の高架下へと進む。

JR元町駅西口の先に続く大規模な高架下ショッピングモールが「モトコー」こと元町高架下商店街である。

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梅田のすぐ隣にあるとは思えない、独特の時間が流れるミステリアスな商店街「天五中崎通」。その一角になんとも怪しげで謎の店がある。

「よしや」というカレーライスの店である。

店構えは魚屋、なのに「占い」の提灯を下げているわ、カレーライスののぼりが立っているわ、魚どころか野菜も果物もあるわ...一体なんの店?といつも疑問に思いながら通り過ぎていた。
いや、通り過ぎてばかりで本当申し訳ないw

どうやらこの店、関西ローカルのテレビ番組を中心に「魚屋のカレー&占いの店」としてかなり頻繁に取り上げられてるようで、結構マニアには知られている模様。一杯180円という異常な低価格を実現している凄まじいカレーの味はどんなものなのか??

テレビのコマーシャリズムに毒される前に一度「魚屋のカレー」を体験してみたいと思い、2009年のゴールデンウィークに再びこの商店街にやってきたのだ。

件の「魚屋のカレー」の店舗は谷町線中崎町駅を上がった先の商店街を1分程歩いた所にある。店構えがなんとも目立つのでイヤでも目に付く。しかし以前よりも随分コンパクトになった気がするのだが...

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ゴールデンウィークのさなか、私は再び大阪にやってきていた。
別に地元が阪神沿線という訳ではないのだが、阪神電車梅田駅の構内にやってくると落ち着くのは私が根っからの大阪人だからか。
阪神梅田名物ドリンクスタンドで買ったミックスジュースを一気に飲み干した後、そのまま尼崎行きの急行に乗った。

尼崎中央商店街は以前も「トラキチ商店街」と言う事で大阪DEEP案内でもレポートをお送りしたのだが、どうしても心残りになっている事があったのだ。
それは尼崎中央商店街の名物である「トラのおばちゃん」(タイガースおばちゃんとも呼ぶ)との遭遇を果たしていなかった事だ。

単に今回もオフイベントで尼崎の商店街とかんなみ新地を案内するという名目でメンバーを集めたのだが、あわよくば伝説のおばちゃんに出会えたらと淡い期待を抱いて阪神電車に乗りこんだのである。

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引き続き、西天下茶屋の商店街から。

商店街周辺は戦前から市街化しているためモータリゼーションを全く考慮していない。そのため車で入ると一方通行や行き止まりで往生するどころか道そのものもまっすぐ敷かれて居ないので、えらい目に遭うのは必須。
住民の足はもっぱら自転車のみ。自転車の数だけはやたら多い。

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西成区がDEEPなのは何も釜ヶ崎や飛田あたりだけを見て言っている訳ではない。西天下茶屋の銀座商店街はじめ、この界隈の下町のレトロ具合は半端ではないのだ。

やはりこの辺りの街も寂れている感は否めないのだが、かつては沢山の工場勤務者が住み賑わっていた痕跡が伺える。この街に漂う儚さもどこか心の琴線に触れるかも知れない。一番私が写真に収めたくなるのは、こういう風景だ。

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阪神なんば線が開通した一方で大阪には未だに「南海汐見橋線」という超ローカル路線が細々と運行し続けていて、都会の喧騒とは無関係に忘れ去られたかのような佇まいを残している。

以前も汐見橋線に乗って芦原町、木津川、津守といった超意味不明ゾーンを巡ってきたわけだが、今回はさらにもう一つ先の「西天下茶屋」まで行くことにした。

この西天下茶屋というところが、凄まじくレトロな下町で。
西成区でも数少ない、戦災に遭わずに古い町並みが残る地区である。その昔はNHKの朝ドラ「ふたりっ子」のロケ地にもなったくらいの場所だ。

今回はビジュアル多めで「西天」の街の風景をお伝えするとしよう。

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引き続き、天王寺駅界隈のツッコミどころを探索しよう。

天王寺駅前の近鉄前交差点の歩道橋の上に登ると、北側の見晴らしが良い。
天王寺公園とその向こうの通天閣、さらに向こうには難波まで見渡せる。

でも、あんなところに大阪城天守閣はあらへんよなぁ??
...という錯覚に見舞われた人はいないだろうか。

あれは一体なんやねんと言うと、「醍醐」というラブホテルだった。

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また例年と同じように年越しは大阪に戻ってきた訳だが、毎回宿泊する場所は天王寺、阿倍野、西成の界隈となっている。

東京のキ●ガイみたいな電車の混雑を日常的に経験すると、大阪の御堂筋線に戻ってくると凄まじくゆとりを感じるのだ。同時に、安心した気にもなる。つまり、それだけ東京が異常すぎるのだ。

御堂筋線で天王寺駅のホームに降り立つ。梅田から天王寺までの区間は大阪でも最も早くに地下鉄が開業した区間だ。

大正時代以降の近代化で大阪が日本で最も賑わいを見せていた時代に当時の最新技術で掘られた地下鉄だ。天王寺駅のホームは、その広い天井といい、その天井の照明の形といい、大阪ならではの昭和レトロの美しさを見せる。

ちなみにこの駅は昭和13年に開業している。

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今年も阪神タイガースが優勝するかしないかという話になっていますが、野球に興味のない私としてはいつもどうでもいい話題なのだ。
しかし、阪神タイガースが優勝したときの「虎キチ」どもの大暴れについては、やはり気になる。

どうも、大阪人は誰もが阪神タイガースと一蓮托生で、ファンでなければ非国民(大阪民国において)扱いされるものだという間違った認識が植えつけられているが、もちろんそんな訳がない。

コアな「虎キチ」が居るのは、大阪市内でも、甲子園球場でもない。
その中間にある、尼崎だ。

大阪駅からたった10分の兵庫県。市外局番は大阪市内と同じ06。
なぜこの街が「兵庫県」なのかが尼崎市最大の謎だ。

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天保山ハーバービレッジ、海遊館で有名な大阪市港区。
現在のように観光地化される前は、港湾労働者が多く住む下町だった。
大阪港の中心が南港に移ってからは、労働者の街としての活気は失われ、今では大阪ベイエリアという観光地めいたイメージが強い。

私、逢阪まさよしの地元である。

私が港区の八幡屋出身だと言うと、たいていは「海遊館のあるところでしょ?いい所やね」と言われるが、昔を知る港区民は、ここが西成に次ぐ巨大な港湾労働者の寄せ場の街でありガラの悪さで言えばナンバー2と警察が言うくらいの土地であったという事を知っている。

誰も知らぬ者は居ない、あの広域暴力団の山口組だって始点は港湾労働者の荷役派遣事業者(人夫出し)だった。そんな歴史的背景もあって、現在もこの界隈には暴力団事務所が多い。

だが現在では寂れ方が凄まじく、特に八幡屋商店街と、隣接する港中央市場、八幡屋市場を含んだ商業地は廃業した店があちこち虫食いのように穴を開けている。

yahataya10.jpg

地上を走る地下鉄中央線の車窓からも見下ろす事が出来る八幡屋商店街の入り口。
入り口の両側がパチンコ屋な時点でこの街の性格をよく表している。

ところが、この左側のパチンコ屋ですら廃業してしまった。
それだけ、活気が失われている。
少しこの商店街をうろうろしてみましょう。

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大阪・キタから淀川を挟んだ向こう、阪急電車利用者御用達の大規模歓楽街「十三」。そんな十三の歓楽街はもっぱら駅の西側ばかりと考えているが、一見地味に見える駅の東側も無視ができない。

十三東口の商店街を抜けた先に老舗ストリップ劇場「十三ミュージック」があるのだ。

阪急高架下を東へ...

十三レポートの続編です。初めからお読みの方はこちらからどうぞ
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大阪都心部、南北に碁盤の目状に広がる街路。それは古くからの「天下の台所」大阪の象徴でもある商いの中心地「船場」。江戸時代、豊臣秀吉が平野や堺、京都、伏見などから商人を強制的に呼び集め、城下町を作り上げ物流の集積地としてこの地を機能させた事に始まる。物資や武器の調達を簡便にするためだった。

街が碁盤目状なのはまさしく京都に見習っての事だ。現在でもその形はくっきりと残っている。

現在「船場」という地名を聞くと、繊維問屋の町であり、駅で言うと本町・堺筋本町のあたりを指すが、本来豊臣秀吉の計画で作られた「船場」は西は阿波座あたりにあった西横堀川、東は堺筋の東側にある東横堀川、北は土佐堀川、南は長堀通までの範囲を指す。この界隈は繊維だけではなく様々な物資の物流拠点であり、日本最大規模の商業集積地である事に変わりはない。

自動車も鉄道もなかった時代の移動・物流手段はもっぱら「船」である。船場では縦横無尽に堀川が築かれ、商人達が船で大阪港からやってきて、直接問屋街まで乗り入れる事ができた。「船場」の地名も「船着場」から来ているという説が有力である。現在堀川は殆どが埋め立てられ、大阪八百八橋、水の都と言ってもイマイチピンと来ないものがあるが。

船場センタービル
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西成区は大阪最強の下町だと言った。だがそれがどの界隈を指すのかという話になると、私は迷い無く「鶴見橋商店街」の界隈だと答える。鶴橋ではない。鶴見橋である。

鶴見橋商店街は、地下鉄花園町駅北側の国道26号から阪神高速堺線津守出入口付近にかけて東西1キロを貫く、大阪市内でも天神橋筋商店街に次ぐ規模の、アーケードの長い商店街だ。

鶴見橋商店街

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梅田のすぐ隣に存在するバリバリ下町、中崎町を歩いていきます。

天五中崎通商店街

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梅田から谷町線に乗ってたったのひと駅。中崎町ってところをご存知だろうか。
梅田にかなり近いのに、戦災を免れたために今でも古い長屋が多く残っていて、大都会に隣接するレトロな下町という特徴が若者を中心にウケていて、最近になって、再開発の進む茶屋町方面から東へと賑わいが移っているという街である。

そんな中崎町を訪れました。

天五中崎通商店街
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