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まさに生ける廃墟!過疎化が止まらない気の毒過ぎるショッピングモール、これが「ピエリ守山」(改装前)だ!

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当レポートは滋賀県守山市のショッピングモール「ピエリ守山」がリニューアルオープンする前の2013年9月当時、テナントの大半が撤退してガラガラになっていた一番悲惨な時期に訪問した時のものです。現在は運営会社が代わり、至って健全なモールに生まれ変わっているようです。ご了承下さい。

日本全国、どんな地方にでも存在するショッピングモール、それは一面から見ると日本の街並みの没個性化を招いたり古い商店街が駆逐されたりと、街の歴史や個性に関心の深い我々のような立場からすると本来あまり喜ばしい存在ではないのかも知れないが、それでも休日で家族や親しい友人同士で集まって思い思いの時間を過ごす市民の憩いの場になっているものである事には違いがない。そこには非日常的な喧騒と雑踏があり、日常生活に細やかな彩りを添えてくれるシャレオツな店やアイテムがあり、気ままにお買い物をしたり食事をしたり、人々がめいめいに楽しめるような空間なのである。

守山市 ピエリ守山

しかしそんなショッピングモール本来の賑やかで楽しいイメージの空間とは真逆に、開業から僅か数年で全くお客が寄りつかなくなってしまい入居テナントが続々閉店、しまいには「生ける廃墟」とまで呼ばれるようになった珍妙なショッピングモールが滋賀県守山市にある。ネットで散々ネタにされて注目を浴びた「びわこクルージングモール・ピエリ守山」である。事前に聞いていた情報を鑑みるとマジでいつ潰れるのか分からないテンションなので、善は急げと状況確認のため東京からわざわざ駆けつけた。

守山市 ピエリ守山

このピエリ守山、開業は2008年9月とまだ全然新しい施設だ。守山市の琵琶湖畔、琵琶湖大橋近くの一帯に200店舗ものテナントを引っ提げて堂々オープンしたのだが、開業以来続々テナントが撤退、今では何とたったの10店舗しか残っていない。建物外観に掲げられているはずのテナントの看板群もどんどん無くなってしまい、ピエリ守山のロゴが横並びになっているという悲しい状況。むしろテナントの撤退スピードの速さに看板の掛け替えすら追い付いていない。大阪にある不動産会社「大和システム株式会社」が運営していたが、この会社は開業2年後の2010年に負債633億円を抱え倒産してしまい、現在は三重県にある聞いた事もない建設会社に売却されている。

守山市 ピエリ守山

この施設、そもそも場所が不便なのである。琵琶湖大橋近くまで行くのに名神高速道路やベッドタウンで人口の多い大津市や草津市からもかなり離れていて、さらにピエリ守山開業後僅かな期間で「イオンモール草津」をはじめとして周辺地域に大型ショッピングモールが続々開業し、それらの店に客を奪われた結果こうなったらしい。唯一来客を期待できそうなのが琵琶湖大橋を渡ったすぐ向かいの大津市堅田地区だが、琵琶湖大橋は片道200円が必要な有料道路だし、堅田側にも商業施設が充実しているのでわざわざ来る意味がないのだ。ピエリ守山まで公共交通機関を使って来るとすればJR湖西線堅田駅からバスという事になるが、この立地条件では正直車が無ければしんどい。

草津市 イオンモール草津

ピエリ守山の衰退は開業2ヶ月後にオープンしたこちら「イオンモール草津」が決め手になった。こっちも専門店180テナントにシネコン、さらには温浴施設まであって関西最大級の規模を誇る。ピエリにとってはタイミング悪すぎるというか不運ですね。イオンモールの進出により滋賀県内の商業施設はピエリ守山に限らず他も苦戦を強いられている模様。この商店街キラーめ。

守山市 ピエリ守山

ピエリ守山も3060台収容可能な大駐車場に加えてオーバーパスまで整備され周辺のインフラだけは徹底的に整えられている。しかしあまりにガラガラ過ぎて屋上駐車場部分が閉鎖されていたり、最近ネットで「生ける廃墟っぷりがヤバ過ぎる」などと注目されまくっているせいか他県ナンバーが見物にやってくるなどしており昼になると結構来客が多いという皮肉。ちなみにこの土地、ピエリ守山ができる前は「びわ湖わんわん王国」なる動物ふれあい系テーマパークがあり、これも1998年開業から7年後の2005年に閉鎖されてしまった。さらにそれ以前は「ホテルレークビワ」という大型ホテルがありました。

守山市 ピエリ守山

そしてピエリ守山の目前には滋賀県民の母なる湖、琵琶湖が広がっている。折りしもの台風18号直撃の影響を受けて湖面は泥色に汚れて波風立ちまくっている訳ですが対岸の大津市堅田地区が近く、こちら側からもよく見える。でかい観覧車の残骸が目につくが、あれは「びわ湖タワー」という遊園地の跡に建つ「イーゴス108」という観覧車。「スゴーイ」を逆さから読んだだけの安直ネーミングで脱力。1992年に完成当時世界最大の観覧車として完成したものの、びわ湖タワー自体2001年に廃業し、その後長期間放置プレイをかまされていた。つい最近になってベトナムで第二の人生を過ごす事が決まり、既にゴンドラ部分が撤去されベトナム輸出に向けた解体作業が進んでいる。

守山市 ピエリ守山

琵琶湖畔に立つと、その傍らには桟橋が据え付けられていた。ピエリ守山完成時に整備された「ピエリ守山港」である。施設開業当初はこの港から琵琶湖汽船のクルーズ船が対岸の雄琴温泉との間を行き来していたが、いつの間にかこれも廃止されてしまった。雄琴温泉も滋賀県屈指のアレな名所があって非常にアレなイメージだが大型ホテルが多数あり今も普通に観光客が訪れる。

守山市 ピエリ守山

琵琶湖畔は昭和の時代には京阪神近郊のリゾート観光地として温泉街や遊園地が続々開発された歴史があるが、それも平成の時代に入ると観光地よりもベッドタウンとしての趣きが強くなり、JR琵琶湖線の京都・大阪方面のアクセスの良さや積極的な大学キャンパスや工場誘致の結果、大津市と草津市など県南部を中心に人口が激増、滋賀県は近畿2府4県で唯一人口が増加している県であるという特殊事情がある。それゆえに大型ショッピングモールの進出攻勢も激しく、結果、人口の多い地域から離れていて地の利の弱いピエリ守山は競争に負けて惨憺たる状況を呈しているという訳である。じゃあそろそろ中に入ってみますかね。

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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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