この記事を人に教える

旧川口居留地

この記事を人に教える

【キュレーションメディア等、他サイトへの記事中の文章・画像無断転載厳禁】

江之子島から木津川を跨ぐと、かつての「川口居留地」があった川口地区に続く。

明治初期にはここが神戸と同じような外国人街が形成されていたことなど、想像することもできない。マンションと倉庫群が立ち並ぶだけである。中之島もすぐそこという立地なのにコンビニすらなく、凄まじく寂しい。

ここが文明開化の中心地だった事を示す石碑が、川口地区の一角にひっそり立っている。

安治川橋之碑



想像も付かないのだが、当時は長崎の出島みたいな風景がこの場所にあったということである。周りを運河に囲まれた島のような地形も出島のそれと共通している。

川口居留地が撤廃された後も、この周辺に多くの中国人商店主達が住んでいて、神戸・南京町と同じような中華街が形成されていたという話を知った。(→詳細
もっともそれは戦前までの話だそうで、「川口に来なければ本格的な中華料理は食べられない」とまで評判も立った程の歴史は今ではその痕跡すらなく、よほど昔の世代にしか知る者はいない。

九条界隈まで行くと店を構えている中華料理屋の何店舗かが、その当時の中国人商店主の末裔である。

川口居留地跡

川口地区には、ここが外国人居留地だったことを記すわずかな痕跡として、本田小学校の片隅に石碑が立っている。ちょうどこの石碑の真正面に、唯一、川口居留地時代の面影を残す建築物「川口基督教会」がある。

川口基督教会

川口基督教会

時代を感じさせる総煉瓦作りの教会。1915年に再建されたものだ。現在の川口地区でここくらいしか建物が残っていないのが何とも残念無念。

港町としての機能はほぼ失ったが、川口地区の端、安治川沿いの岸壁に出ると、今でも雰囲気がバリバリ残っている。

大阪市中央卸売市場

昔、港があった名残りだろうか、川口から安治川を挟んだすぐ向かいに「大阪市中央卸売市場」がある。川向こうは福島区野田である。大阪市中央卸売市場の建物は2004年に改修工事を終え、どえらい立派な建物に変わっていた。大阪市は中央卸売市場の改修工事に1300億円も掛けている。

財政難なのに豪勢にやってしまいましたね。その影響か、東部市場(東住吉区)の改修工事は先送りとなったそうです…

街宣車



しかしここにも前時代的な極左政治の遺物が…
土建屋さんの労働組合の街宣車のようだが、大阪によくある極左団体と同じ匂いがするのは、たぶん偶然ではないのだろうw

参考記事
旧川口居留地 – wikipedia
川口基督教会

The following two tabs change content below.
DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
タグクラウドから記事を探す
DEEP案内編集部のnote

知ってました?DEEP案内編集部のnote

ネット上で大っぴらにするのはちょっと憚られる内容の記事は「DEEP案内編集部のnote」で書く事もたまにございます。全て100円からの有料記事となっておりますので興味のある方のみご利用下さい。

この記事を人に教える

トップへ戻る