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生駒宝山寺新地を訪ねる (6) 断食道場静養院

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生駒聖天宝山寺の門前町、参拝者の精進落としの場として長らく歴史を刻んだ宝山寺新地も、いざ訪れてみると廃墟かと見紛うような寂しい状態で初めて来た人間にとっては面食らう事もあるだろう。
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石段の参道から一歩外れると、そこは廃墟のオンパレード。かつては人が住んでいた立派な邸宅が何年も放置されている事も珍しくない。


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旅館街ではなく個人宅と思われる廃屋だが、門扉の古さから見ても相当昔からの住居であると見られる。だが中庭は荒れ放題で酷い事になっている。
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主を失った個人宅の玄関口には郵便ポストや灯油を入れるポリタンクがそのままほったらかしにされていた。まだまだ付近を歩き回ればこうした物件が点在していると思われるが、廃墟探索が今回の目的ではないのでこのくらいにしておく。
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再びケーブルカーの宝山寺駅付近に戻ると、石段の聖天通りの手前、旅館天満屋から分岐して宝山寺駅裏側の駐車場に抜ける石段の細道が続いている。
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こちらは人通りがさらに少なく、よく分からない個人商店がぽつりとある他はめぼしい物件はない。
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だが振り返ると、聖天通りと同様に生駒市街地を眼下に見下ろす事が出来て眺めの素晴らしさに感心するが、真冬の寒い時期に来ると冷たい山風が容赦なく体温を奪うので、あまりゆっくりもしていられない。
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路地を登りきった所。ここからも宝山寺境内に行く事が出来る。廃業した旅館「吉水」の案内看板がまだ残っていた。
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ここまで来ると目の前に宝山寺の駐車場やタクシー乗り場があるわけだが、ここにももう一つ「観光生駒」のネオンがついたゲートがデーンと居座っている。初詣客の行き帰りでタクシーの数もいつにも増して多い。
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そのゲート前が最も見晴らしの良い場所である。ケーブルカーの宝山寺駅がちょうど下にあり、足元を走るトンネルを通じて生駒山上行きの鋼索線が伸びている。
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このタクシー乗り場前には「静養院断食療養所」と書かれた看板が立っている。いわゆる断食道場の一つだ。しかし話には聞いていたものの、こうした場所があるという事を現代人はあまり知らないのではないだろうか。ダイエット(笑)プチ断食(笑)なんて生温い言葉は流行っているのにね。
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で、ちょっと離れた山の斜面にやけに年季の入った木造建築物が見えるのが確認出来る。どうやらあそこが断食道場らしい。
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しかも「断食療養所」「静養院」の看板が右から左読みという凄まじいレトロっぷり。生駒ケーブルが開通したのと同時期の大正7(1918)年にこの地に創立されてから、現存する断食道場としては日本初で最古の施設となる。
ここにはプチ断食(笑)なんてカジュアルな雰囲気は皆無である。
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タクシー乗り場からさらに宝山寺境内へと向かう上り坂の根元にも廃業した観光ホテルがそのまんま放置されている。よく見てみると、ホテル廃業後は宗教団体っぽい法人の研修施設に使われたらしく、その団体もやがて去り、移転先を記した張り紙が玄関口にベタっと貼られたまま、さらに放置されているのだ。
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しかし生駒山ほど不思議な施設を集める場所はあまり無いだろう。
断食道場に遊郭、でんぼの神様に朝鮮寺…さらに廃墟も加わるかも知れんが…
来れば来る程ミステリーを体感できる生駒山地は、ある意味で強力なパワースポット(笑)である。

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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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