この記事を人に教える

在日の祭典・四天王寺ワッソ2007 (4)

この記事を人に教える

【キュレーションメディア等、他サイトへの記事中の文章・画像無断転載厳禁】

四天王寺ワッソ2007レポートの続編です。初めからお読みの方はこちらからどうぞ

高句麗

その次は高句麗。古代朝鮮において、半島の大部分と満州にまで広がっていた国家。現在は中国と朝鮮にまたがっているため、歴史帰属の問題で両国が揉めているという話もある。

音楽隊

高句麗とは「高麗」であり、KOREAも高麗から来ていることは明白だ。

日本中にも高麗の名がついた地名があちこちにある。有名なのが、埼玉の高麗(こま)。高句麗が滅亡した時に王族が渡来した武蔵国に高麗郡が建都され、現在の埼玉県日高市には渡来人高麗王若光を祭神とする「高麗神社」がある。

さて、日本の朝鮮・大阪民国も負けじと「高麗橋」という地名が現存するが、一部ウリナライズム歴史家の史観によって日本中の「こま」や「から」のつく地名が何でもかんでもウリナラ起源であると主張される傾向にあるのだが。

大興王

高句麗の大興王。

高句麗

他にも高麗加西溢など、高句麗の王族に扮した人らが乗っておりますが。

高麗王若光

高麗王若光。高句麗の使者として日本に派遣されるも、その間に高句麗が唐と新羅によって滅ぼされ、帰るに帰れなくなったという。現在は埼玉の高麗神社の祭神として祀られている。

乙支文徳率いる、鎧兜に身を包む一団

乙支文徳(ウルチムンドク)率いる、鎧兜に身を包む一団。高句麗の将軍である乙支文徳は、韓国の歴史では隋の煬帝率いる大量の水陸両軍を打ち破った英雄として扱われる。韓国ソウルでも大通りに「乙支路」という名前をつけて、さぞ誇らしげにしている。

百済

次は「百済」が来ましたねえ。高句麗・新羅と比べて日本(倭国)に友好的であったとされている。百済が周辺諸国からの軍事的圧力に備えるために倭国に接近していたという事もあったそうです。

関西各所にも百済の地名を冠するものは多い。東住吉区杭全にある百済貨物駅、百済滅亡後に亡命してやってきた百済王を祭神とする「百済王神社」が枚方市にある。枚方では地元の在日コリアン一同が「百済フェスティバル」なるイベントをやっとりますな。

他にも滋賀県東近江市にある聖徳太子が建立した古刹「百済寺」など、よりどりみどりです。

聖明王と王妃役は

日本と初めて同盟関係を結んだと言われる古代朝鮮の百済。中でも第26代の「聖明王」(聖王)が日本に仏教を伝来した(仏教公伝)という説が最も有力だが、純粋な宗教の伝来であったかどうか懐疑的な見方もある。(詳細

梁石日氏とMBS八木アナ

そんな聖明王と王妃にはあのハードボイルド在日小説「血と骨」を代表とする在日コリアン作家・梁石日氏と、毎日放送の八木早希アナが扮していた。

韓国語が流暢な八木アナ

MBSの八木アナ、小学生時代の3年間を韓国で過ごしていたそうで、随分と韓国語も流暢にしゃべれるお方であります。MBSラジオで「チョアヨ!韓国」という番組もやってはるそうです。

太鼓姫

太鼓を担いだ舞姫。

太鼓姫

ステージ上でも太鼓を叩きながら踊る舞姫。それにしても、朝鮮の音楽って打楽器系を多用するよな。

僧侶?

ここで唐突に僧侶が登場。百済に渡り仏教の戒律を学んだと言われる「善信尼」だそうです。

>次のページへ

参考記事
四天王寺ワッソ公式サイト
みこしの”ワッショイ”の掛け声は、韓国語の語源の”ワッソ”|朝鮮|д゚)カンサツ日記:

参考書籍

The following two tabs change content below.
DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。
タグクラウドから記事を探す
スポンサーリンク
DEEP案内編集部のnote

知ってました?DEEP案内編集部のnote

ネット上で大っぴらにするのはちょっと憚られる内容の記事は「DEEP案内編集部のnote」で書く事もたまにございます。全て100円からの有料記事となっておりますので興味のある方のみご利用下さい。

この記事を人に教える

スポンサーリンク
トップへ戻る